文化大臣はヌレエフの訪問先でなく同行者

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.281:
ヌレエフは文化大臣のもとに飛んで行った。
Telperion訳:
ヌレエフは外務省の一員と当時の文化大臣フランソワ・レオタールとともに飛び立った。
原本『Noureev』:
Noureev s'envole en compagnie d'un membre du Quai d'Orsay et de François Léotard, alors ministre de la Culture.

亡命後26年後の1987年、ソ連についに入国を許可され、家族と再会しにソ連に向かった時。

ヌレエフの他に触れられているのは同伴者

新倉真由美が「~のもとに」と訳した"en compagnie de ~"は、「~を同伴して」という意味。誰と同伴するのかは、2つの解釈が考えられる。フランス語の知識だけでは、どちらが正しいのか判別がつかないかも知れない。

  1. un membre du Quai d'Orsay et de François Léotard(外務省とフランソワ・レオタールの一員)
  2. "un membre du Quai d'Orsay"(外務省の一員)とFrançois Léotard(フランソワ・レオタール)

私が2番目の選択肢を選んだ理由は、外務省と文化大臣の両方に所属する職員がいる可能性は低そうに思えたから。

飛び立つとは文字通りの意味

ヌレエフの行動である述語s'envolerの意味は「飛び立つ」。上に書いたとおり、ヌレエフは文化大臣目がけて飛んだのではない。一時帰国という状況から考えて、この場合の「飛び立つ」とは飛行機でソ連に向かうこと。

他の資料で書かれた同伴者

このソ連への一時帰国についてヌレエフがあちこちのメディアに知らせたので(訳本P.281)、現在でもインターネット上で当時の記事をいくつか読むことができる。ヌレエフの同行者についての記述は次のとおり。

1987年11月14日のNew York Times紙
An official of the Ministry of Culture is going to travel with Mr. Nureyev to pursue talks about a possible visit to the Soviet Union by the Paris Opera Ballet.
1987年11月13日のLos Angeles Times紙
an official from Leotard's Cabinet will accompany him, officials said.
1987年11月14日のLe Monde紙
M. Léotard a dit qu'il accompagnerait Rudolf Noureev afin de préparer une tournée des ballets de l'Opéra.

アメリカの2紙では、文化省職員がヌレエフに同行することになっており、フランスのルモンド紙では文化大臣自らが同行すると言っている。原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)の記述は、フランスでの報道に基づくのかも知れない。

また、『Noureev: His Life』(Diane Solway著)ではヌレエフの同行者として文化省職員Roch-Olivier Maistreの名が出ており、『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)でもRoch-Olivier Maîstreがヌレエフから同行要請を受けている(姓のスペルの違いは原本準拠)。可能性としては、大臣じきじきの出国よりは官僚派遣のほうがありそうに思えるが。

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