伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(ベルトラン・メイエ=スタブレ著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(ベルトラン・メイエ=スタブレ著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

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ヴァレンティノがボクシングするシーンは創作

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.231:
タンゴのレッスンが終わると、ボクシングシーンの撮影のために一人のスタントマンがロサンゼルスにやってきた。それは事実に基づく映画の中で最も重要なシーンだった*1。
Telperion訳:
タンゴのレッスンの後、ロサンゼルスのスタントマンがボクシングのレッスンのために上陸した。これはラッセルが本当の事実に基づいて想像した*、映画で最も重要なシーンに不可欠だった。
原本『Noureev』:
Après les cours de tango, un cascadeur de Los Angeles débarque pour des cours de boxe. C'est indispensable pour la scène la plus importante du filme, que Russel a imaginée d'après des faits authentiques*.

映画『ヴァレンティノ』の撮影のためにヌレエフが受けたレッスンについて。

ボクシングのシーンが架空なのは脚注ではっきり書いてある

この文に付いた注(『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』ではP.242にある)を読むと、次のことが分かる。

事実
ヴァレンティノが新聞記者に「女のようだ」と書かれ(「三日月クラシック」の記事より「P.242 彼は女性的な魅力溢れる~」の項を参照)、復讐を考えたが、実行前に急死した。
監督ケン・ラッセルによる創作
ヴァレンティノが新聞記者をボクシングと飲酒で打ち負かすが、無理がたたって死亡。

だから上の原文にはシーンを"a imaginée"(想像した)と書いてある。「事実に基づくシーン」では正反対の意味になってしまう。

映画はロサンゼルスで撮影されたのではない

"de Los Angeles"は主に「ロサンゼルスの」、時には「ロサンゼルスから」という意味。この言葉が直前の"un cascadeur"(スタントマン)を修飾しているのだから、スタントマンがロサンゼルスから来たと分かる。

実際、ヌレエフの伝記『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)のペーパーバックP.409にはこうある。

The Filming of Valentino began on August 16, 1976, in Almería, Spain. During the next twenty-one weeks, the crew moved on to Barcelona; Blackpool, England; and the EMI-Elstree Studios outside London.

撮影場所として挙がったのはスペインのアルメリアとバルセロナ、そしてイギリスのブラックプールとロンドン郊外。

聞くところによると『ヴァレンティノ』はハリウッド映画界の醜さを暴き立てているそうで、『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』を読んでもそのことはうかがえる。そんな映画が撮影された場所がロサンゼルスのハリウッドではないというのは納得できる。

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