ジャン=クロード・ブリアリとアンソニー・パーキンスは似ていた

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.179:
ヌレエフはパーキンスのフランスの“仲間たち”と幾晩も過ごしていた。その一人ジャン・クロード・ブリーリーは、
Telperion訳:
ヌレエフはパーキンスのフランスの「コピー」、すなわちジャン=クロード・ブリアリーと幾晩かを過ごした。彼は(以下略)
原本『Noureev』:
Noureev passe plusieurs nuits avec la « copie » française de Perkins : Jean-Claude Brialy, qui (以下略)

ヌレエフとアンソニー・パーキンスの短い恋愛関係が終わったという説を紹介した後の文。

copieの主要な意味は「写し、複製」で、「仲間」という意味は見当たらない。また、"la copie"は単数形なので単に1人であり、何人かのうちの1人ではない。

ジャン=クロード・ブリアリーはアンソニー・パーキンスと同じく俳優。ブリアリーは1933年生まれ、パーキンスは1932年生まれという同年代で、1963年に映画「Le Glaive et la Balance」で共演している。映画の写真を見る限り、容姿にも似通ったところが見受けられる。だから原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)はブリアリーをパーキンスのコピーと呼んだのだ。

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