ヌレエフが先に言い寄ったという説

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.290:
リンダ・メイバーダックのように彼はヌレエフを巧みに利用したという人もいた。彼の気を引こうと思わせぶりな態度をちらつかせ、そのアプローチが功を奏したというのだ。
Telperion訳:
ルドルフの女友達のなかには、リンダ・メイバーダックなど、グレーヴェはルドルフを巧みに「利用」し、愛情と優しさをかき立て、いつの日かついにアプローチに屈するだろうという素振りを彼にちらつかせたと考える者もいる。
原本『Noureev』:
certaines amies de Rudolf, telle Linda Maybarduk, estiment que Greve « utilisa » adroitement Rudolf, suscitant son affection, sa tendresse et lui laissant miroiter qu'un jour il finirait par céder à ses avances.

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエ監督時代末期にいきなりエトワールとして迎えようとしたダンサー、ケネス・グレーヴェとの関係の憶測。

構文の解説

文の前半(私の訳では「愛情と優しさをかき立て」まで)は易しいので、"lui laissant"から文末までの部分に絞って書く。

  1. "faire miroiter ~"(~をエサとしてちらつかせる)というイディオムがあるが、引用文ではfaireの代わりにlaisserが使われている。faireは使役動詞「~させる」であり、laisserはもっと弱い使役動詞「~するにまかせる」なので、"laisser miroiter"は"faire miroiter"よりもっと弱く「ちらつかせる」ことだと見なしてよい。
  2. エサに当たるのはmiroiterに続く部分、"qu'un jour il finirait par céder à ses avances"(いつの日か彼が彼のアプローチに屈すること)。

したがって、"lui laissant"から文末までの意味は、「いつの日か彼が彼のアプローチに屈することをエサとして彼にちらつかせる」となる。

「エサをちらつかせる」を具体的に言い直すと

「いつの日か彼が彼のアプローチに屈する」とはグレーヴェがヌレエフを利用するためのエサという文脈を念頭に置くと、「グレーヴェがヌレエフのアプローチに屈する」と解釈するのが自然。

つまり、ヌレエフがグレーヴェにアタックをかけ、グレーヴェは応じるかもしれないという期待を持たせる態度だった。直前の文「バレエ以外の場面でヌレエフが心酔することはなかったと言われているが」とは異なるが、どちらも推測なので、違いがあっても不都合はない。

新倉真由美の文だと、グレーヴェのほうからヌレエフにアタックしたように見える。アプローチがグレーヴェのものになっているのはその一例。

関連記事

コメント

非公開コメント