皇太后の帽子について会社が公言したのではない

『バッキンガム宮殿の日常生活』P.208:
「皇太后が花やリボンやパールや羽根やチュールで飾り立て、クリスマスツリーのような帽子をかぶっていない姿を想像できますか?」
これはフレデリック・フォックス社とシモーヌ・マーマン社に言われたことだ。
Telperion訳:
花柄でおびただしいリボンやパールや羽根やチュールが付き、クリスマス・ツリーに似ていると言う人もいる帽子をかぶっていない皇太后を想像できるだろうか? これらを作るための住所は2つある。フレデリック・フォックス(スローン・ストリート169)とシモーヌ・ミルマン(ウェスト・ハッキン・ストリート11)である。
原本『Buckingham Palace au temps d'Elisabeth II』:
Peut-on imaginer la reine mère sans ses chapeaux fleuris, débauches de rubans, perles, plumes et tulle qui, au dire de certains, ressemblent à des arbres de Noël ? Deux adresses pour les confectionner : Frederick Fox (169, Sloane Street) et Simone Mirman (11, West Hackin Street).

王族のファッションとひいきのデザイナーを記述した部分から。

会社が皇太后の帽子を公然と小馬鹿にする不自然さ

私がここの原文を読む気になったのは、「批判的な文は新倉真由美が創作した可能性があるのでとりあえず確認」という方針に従ったため。「~で飾り立て」とか「クリスマスツリーのような」とかは、帽子をかぶっている本人に面と向かって言える表現ではないと思う。

でもそれ以外に、こう発言したのが2つの会社だという新倉真由美の説明への違和感もある。人の帽子への感想を会社が自社の意見として表明する局面はそうはないだろう。私に考えられる状況はせいぜいこれくらい。

  1. 2社はマスコミ
  2. 従業員の内輪話を新倉真由美が大げさに社全体の意見扱いした

Frederick FoxもSimone Mirmanもマスコミではないので(2人については後述)、1番目の選択肢は消える。2番目の可能性は、ずさんで困ったことではある。でも新倉真由美が本当にしたことほどではない。

帽子を描写したのは原著者

皇太后の派手な帽子について書いた第1文は、原文では括弧に囲まれていない。当然、原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)自身による文だと受け取れる。「皇太后はいつも派手な帽子をかぶっている」という説明を反語の疑問文として表現しているのだろう。ところが新倉真由美はこの文を角括弧で囲み、誰かが言ったことをメイエ=スタブレが書き写したかのように見せている。

確かに新倉真由美は、日本語の角括弧に当たる原文の«と»の見方が非常に雑。『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』でも、閉じ括弧»があるのに気付かなかったり(「マリア・トールチーフの談話がロゼラ・ハイタワーのものに」や「談話の語り手も範囲も間違い」を参照)、«と»で囲まれた引用文を地の文のように描いたり(「三日月クラシック」の原文比較5より「P.80 一二〇名のダンサーたちは~」を参照)。

それにしても原文にない左右の括弧が見えたつもりになるのは不注意が過ぎる。メイエ=スタブレが«と»をつけ忘れたと思って意図的に日本語文に「」を足したという可能性すら考えてしまう。

2つの名前は帽子制作者のもの

原文の第2文はコロンで前後に分かれている。こういう風にコロンが使われるのは、コロンの直前に話題にしたことをコロンの後で説明するため。

コロン前の文法説明

コロン前にある"Deux adresses pour les confectionner"(それらを作るための2つの住所)は主語と動詞を備えた文ではなく、名詞句。英語だと"two addresses to make them"。

  1. addressは中心となる名詞で、意味は「住所」、または「器用さ、巧妙さ」。
  2. confectionnerは他動詞の原形で、意味は「作る」。
  3. lesは動詞confectionnerの直前にあり、名詞を修飾していない。だから動詞の直接目的語である代名詞「それらを」だと分かる。
  4. pourは前置詞。ここでは「~のために」という意味だとつじつまが合う。

皇太后の帽子について書いた直後にこうあるのだから、「それら」とは帽子のことだろう。

説明したいのは業者の住所

コロンの後には2つの人名と住所が挙がった。

  1. Frederick Fox (169, Sloane Street)
  2. Simone Mirman (11, West Hackin Street)

次の理由から、これは帽子の制作者とその住所だと推定できる。

  1. 「帽子を作るための2つの住所」の説明として2つの具体的な住所が出た
  2. 周囲で王族の服のデザイナーを説明しているという文脈とも合う
  3. Telegraph紙に載ったFrederick Foxの訃報Simone Mirmanの訃報に、二人ともmilliner(婦人帽子屋)だったとあるし、顧客としてQueen Mother(皇太后)などの王族も挙がっている。

新倉真由美はadresses(住所)を「言われたこと」としたらしい。仏和辞書を引き、具体的な住所が続くのを見た後で、「住所」以外の意味を思いつくほうが難しいのに。帽子の描写を引用の«と»が囲むと信じるあまり、その思い込みに合わせてadressesの意味を創作したのだろうか。

人名を社名に変えたことに根拠はあるのか

Frederick FoxもSimone Mirmanも、原文では名前だけなのに、新倉真由美は「フレデリック・フォックス社とシモーヌ・マーマン社」と会社扱いしている。世を去って久しい帽子デザイナーのことは私には調べがつかないが、上の訃報を読む限り、2人は個人として店を経営していた可能性を無視できない。架空の名前ではないのだから、手を加えるならまずそれでも正しいという確証を得るべき。でも新倉真由美が確証を握った上で「社」を追加したのか、私は非常に疑っている。新倉真由美の文からは、2「社」が帽子を販売していることすら分からないのだから。

原本のミス - 通りの名前

二人の帽子デザイナーの住所は最後の部分しか書いていないが、バッキンガム宮殿があるロンドンにある可能性が最も高い。でもgoogleマップで"West Hackin Street"を検索すると、ロンドンの"West Halkin Street"が検索結果として提示される。googleで"West Hackin Street"を検索しても、ヒットするのは原本『La vie quotidienne à Buckingham Palace sous Elisabeth II』からの引用だけ。正しい住所は"West Halkin Street"なのだろう。

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