伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

アリソン・ワットが描いた皇太后は原著者の説明と違う

現実に即した訳文かどうかの確認に向けて

記事「皇太后論の自由すぎる創作」ですでに、新倉真由美の訳が正しくないという説明は済んでいます。しかしそれだけでは物足りない。私が提案した訳をもう一度載せます。

アリソン・ワットは大胆にも、君主国で最も人気のある人物の一人を、王家の属性でなく、きらめく宝石と果樹園に似た帽子で表現していたのだ!

構文解析は問題ないし、単語の辞書的意味も踏まえています。でもそれだけでなく、実際の出来事をきちんと説明しているという確認もしたいものです。訳しているのは語学試験用の創作でなく、実際にあったことの説明なのですから。

私は問題の文を「アリソン・ワットは皇太后(「君主国で最も人気のある人物の一人」)の肖像画を描き、そのとき宝石と帽子を用いた」と解釈しました。だから実際にそういう絵があることを確認すればよいわけです。

アリソン・ワットの絵は帽子や宝石を使っていない

google画像検索が発達した今、適当なキーワードで検索すれば、肖像画を探すのは簡単です。ところが、google画像検索で真っ先にヒットした絵はこれでした。

次の2点は私の推測どおりです。

  1. 画家アリソン・ワットが描いた皇太后の肖像画は実在する。
  2. 絵の制作は1989年。問題の文の直前で、Meyer-Stableyがワットの件を「皇太后の生誕89年記念を機会に『スキャンダル』が起きた」と切り出していることと一致する。

しかしこの絵の皇太后は帽子をかぶっていません。宝石こそ身につけていますが、きらびやかには見えません。「きらめく宝石と果樹園のような帽子を用いて表現した」という説明はこの絵に合いません。

原著者への疑念に帰着

この事態をどう説明すればよいか。いくつかの選択肢があります。

  1. アリソン・ワットは上記の絵以外に、宝石と帽子を身につけた皇太后も描いていた
  2. 「皇太后を表現した」は絵の制作のことではない。たとえば「皇太后は宝石と帽子が印象的な方でした」というように言葉で表現したのかもしれない。
  3. Meyer-Stableyは上記の絵のことを言いたかったが、絵の内容を勘違いした

肖像画は何枚もなさそう

1番目はまずないでしょう。リンク先の説明にあるとおり、ワットは"John Player Portrait Award"の一等賞を獲得した褒賞として皇太后の肖像画制作を委託されました。王室の肖像画家として迎えられたわけではないので、何枚も皇太后を描く機会はないはず。

ワットは帽子や宝石に興味がない

原文を尊重するなら、私は2番目を採用するでしょう。でも、スコットランドの新聞ヘラルド紙の1989年8月4日の記事"Tale of the Queen Mother and a teacup"が目に留まりました。これを読むと、2番目もありそうにありません。

Right from the start Watt's main objective was to produce an informal portrait, ''as ordinary as possible'' bearing in mind the splendours of the surroundings.
最初からワットの主な目的は、周りの壮麗さを念頭に置きつつ「できるかぎり普通の」非公式な肖像画を制作することだった。
"I requested that she didn't wear one of her hats, and as little jewellery as possible. There was a long silence on the other end of the phone!" In the event the Queen Mother went along with Alison's request.
「私は皇太后に帽子をかぶらず、宝石をできる限り身につけないように頼みました。電話の向こう側では長い間無言でした!」。結局、皇太后はアリソンの要請に協力した。
And her hair is brilliant the way the waves bounce. It's a shame she often hides it with those 1930s hats.
それに髪は波打つさまが見事です。1930年代の帽子で隠すことが多いのが残念です。(Telperion注: ワットの談話より)

こんなワットが、絵画であれ談話であれ、帽子や宝石で皇太后を表現するとは信じられません。

Meyer-Stableyのミスは他の選択肢よりありそう

3番目を選ぶのはよほど他に説明のしようがない場合に限るべきです。自分の読解ミスをごまかすために原文に責任を押し付けるのはみっともないですから。でも今回、私はMeyer-Stableyの文を疑わずにはいられません。

ワットの絵は皇太后を王族らしく祭り上げるようなタッチでないので、賛否両論を呼んだだろうと想像できます。だからMeyer-Stableyはワットの絵を「スキャンダル」として取り上げたのでしょう。でもワットの絵がどういうものかはよく頭に入っておらず、「王室の属性でなく」の後に余計なことを書いたのかも知れません。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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