遅いとはいえダイアナへの追悼を公にした女王

『バッキンガム宮殿の日常生活』P.298:
女王が国民との間に大きなずれが生じ、王室の決まりから抜け出して、何らかの手を打たねばならないと理解したのは事故の五日後だった。既に遅れを取っていた。バッキンガム宮殿の前には群衆が溢れ、テレビでは追悼のスピーチが流れ、数々の礼儀に則った言葉や動きが、国民の声にならない怒りを和らげていた。エリザベス二世は痛みを覚えていなかった。女王陛下に休暇でスコットランドに行くのを断念させるには、新聞と数千通の手紙と数千個の花束では足りなかったのだろうか?
Telperion訳:
ついに女王が自分が国民と完全にずれていることや、反応して王家の慎みから抜け出す必要があることを理解したのは、5日目の終わりになってやっとのことだった。遅れたショーだった。バッキンガム宮殿前での大衆との触れ合い、テレビに向けた敬意を表するスピーチ、儀礼上の行いや心遣いの数々が、人々の内心の怒りを鎮めた。エリザベス二世は苦労を惜しまなかった。しかし陛下がスコットランドの休暇を終えて下さるには、いくつの新聞一面、何十万の手紙、何十万の花束が必要だったのだろうか。
原本『Buckingham Palace au temps d'Elisabeth II』:
Ce n'est qu'au bout de cinq jours que la reine comprend enfin qu'elle est en total décalage avec la nation et qu'il faut réagir et sortir de sa réserve royale. Son show tardif : bain de foule devant Buckingham Palace, discours-hommage à la télévision, multiplication de gestes et d'attentions protocolaires, calme la colère sourde du peuple. Élisabeth II ne ménage pas sa peine. Mais combien de unes de journaux, de centaines de milliers de lettres et de centaines de milliers de bouquets de fleurs aura-il fallu pour que Sa Majesté daigne quitter ses vacances écossaises ?

ダイアナ妃の事故死後、国民の嘆きが高まったときのエリザベス2世の振る舞いについて。

追悼行為が女王と無関係のような言い方

「エリザベスはダイアナの死に反応しなければならないと理解した」の後、さまざまな行為が列挙される。新倉真由美の言い方だと、「女王が何もしないでいる間に、ちまたではこれだけのことが行われた」という例のよう。

ところが、最初に挙がった行為である"bain de foule"は、『プログレッシブ仏和辞典第2版』には「(政治家, 要人の)大衆との接触」とある。ラルース仏語辞典での定義はこう。

contact direct de quelqu'un, en particulier d'une personnalité, avec une foule nombreuse.
ある人、なかでも有名な人物が大勢の群衆と直接接触すること。(Telperion訳)

"bain de foule"を行うのは群衆と相対する一人なのだから、この場合はむろんエリザベス2世。女王が宮殿前の群衆と自ら触れ合ったというのに、新倉真由美はさも群衆の行為だけのように「群衆が溢れ」とだけ書き、女王の姿を消してしまった。

最初に挙がった行為が女王のものなのだから、後に続く「テレビでのスピーチ」や「儀礼上の行いや心遣い」もやはり女王のものだろう。女王がこれらを行ったからこそ、女王がダイアナの逝去に反応しないことへの国民の怒りは静まったのだ。新倉真由美の言い方では、王室と関係がない追悼の数々で国民の怒りが和らいだようだが、それが実現するなら女王が反応する必要などなかった。

冷血扱いされた女王

"Élisabeth II ne ménage pas sa peine"は「エリザベス2世は彼女のpeineをménagerしなかった」という単純な構文。新倉真由美は「ménager=覚える」、「peine=痛み」と置き換えた。しかし、仏和辞書を引いてみよう。

ménager
  1. 大切に使う、節約する
  2. 丁重に扱う、いたわる
  3. 用意する
peine
  1. 心痛、苦悩
  2. 苦労、骨折り

peineに「痛み」という意味はあるが、ménagerを「覚える」と解釈するのには不自然さを感じる。だいいち、女王が行った数々のことを挙げた直後に「痛みを覚えなかった」は脈絡がない。

ではménagerとpeineの意味のうち、文脈にもっともふさわしい組合せは何か。前の文からのつながりを考えると、「節約する」「苦労」だろう。女王は数々の手間をかけたのだから。

本来は批判の前に女王への理解を示す文だった

この文の次の文がMais(しかし)で始まっていることも、私が「苦労を惜しまなかった」という訳を採用した理由の一つ。もっとも新倉本では、都合よく「しかし」が訳されていないが。

続く文は、エリザベス2世が国民感情の激しさに気づくまで休暇をやめなかったことを批判する内容。その文の先頭に「しかし」が付くのは、その前の文と反する内容だから。つまり、Meyer-Stableyは前の文では女王の行動に理解を示しているということになる。

女王が休暇を切り上げるのが遅かったことについて

女王の行動にケチをつけまくったこれまでの文に比べれば、最後の文はまとも。でも誤訳自体は相変わらずあるので、挙げておく。

女王はすでに休暇中

"quitter ses vacances écossaises"は「彼女のスコットランドの休暇を終了する」。新倉真由美は「休暇でスコットランドに行くのを断念する」と解釈しているが、女王はもうスコットランドの休暇に入っていた。

ダイアナが亡くなって数日しても休暇から帰らないのに比べると、亡くなってから数日で休暇に出かけようとするほうが、国民感情に鈍感なように思える。さきほど「最後の文はまとも」と書いたが、それでもエリザベスはろくな扱いを受けていない。

単なる記事でなくトップニュース

新倉真由美が単に「新聞」とした個所に対応する原文は"unes de journaux"。uneには「(新聞の)第一面」という意味がある。ダイアナの死がどれだけ大きく報道されたかを示す文なのだから、「第一面」はきっちり訳出すべきと考える。

はるかに多い手紙と花束

手紙と花束の数としてMeyer-Stableyが出した数は"centaines de milliers"(数十万)。先ほどの「第一面」と同じく、国民が受けた衝撃の深さを示す指標なのだから、百分の一に減らされては実感が薄くなる。

原本を裏付ける記述の存在

なお、『危機の女王 エリザベス2世』(黒岩徹著、新潮選書)には次のように書いてある。

このとき女王は、孫のウィリアムとハリーとともにスコットランドのバルモラル城にいた。(P.229)
ダイアナの死後五日目にして、エリザベスはロンドンに帰り、(P.231)
ダイアナを悼むテレビ演説も行った。最後にバッキンガム宮殿前で、ケンジントン宮殿から葬儀場のウェストミンスター寺院に向かうダイアナの棺を見送った。この一連の弥縫(びほう)策によってようやく反王室の勢いはおさまった。(P.231-2)

「女王は当時スコットランドで休暇中だった」「女王は追悼の表明に奔走した」「女王はバッキンガム宮殿で群集の前に現れた」といったメイエ=スタブレーの記述と一致する。

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