2つのスイートがあるのは東側では?

前置き

以前、記事「ステート・ルームを住居と呼ぶことの是非」で次の文を引用したとき、「新倉訳には言いたいことがあるので、別記事に書ければそうします」と書きました。でも残念ながら「ボツ箱」カテゴリ。納得が行く記事を書けなくても、さんざん頭を絞った課題なので、書かないとすっきりしません。

取り上げる引用文

『バッキンガム』P.52:
西側の居住区域の一番奥には二間続きのスイートルームがある。
Meyer-Stabley原本:
Pour finir, deux suites en enfilade complètent les grands appartements de la façade ouest.
Telperion訳:
最後に、一連のスイート2部屋が西正面の威厳ある数々の間を補完する。

バッキンガム宮殿2階の最後の説明文。直前では東側のバルコニーの間について説明していた。そしてこの後は段落が代わり、宮殿3階の説明が始まる。

注 - 実は居住区域でない宮殿西側

最初に、宮殿2階の西正面にある、新倉本でいう「居住区域」、原文だと"les grands appartements"と呼ばれる区域について説明しておく。

新倉本P.38にある宮殿2階の見取り図を見ると、2階の西にあるのはステート・ルームと呼ばれる宮殿きっての豪華な客間の数々だと分かる。写真で見る限りでは客の応対専用で、とても「居住区域」と呼べる部屋ではない。でも、フランス語のappartementがステート・ルームを指すことは滅多になさそうなので(先ほどの記事を参照)、「居住区域」を誤訳扱いするのはやめておく。ここでは、「西側の居住区域」がステート・ルームの区域だと把握しておけば十分。

未説明のスイート2部屋が西側に入る余地はない

部屋の位置関係を見るために、新倉本の見取り図の東西部分を写したのが下の図。図のスケールは滅茶苦茶だが、部屋の名前と順番は合っている。東西南北の方角は私が追記。南北の部屋は今回取り上げないので省略した。

バッキンガム宮殿2階の東西

さて、原文を直訳すると、「最後に、連なった2つのスイートが西正面の大きなアパルトマンを補完する」といった形になる。「最後にスイートがアパルトマンを補完する」を「アパルトマンの一番奥にスイートがある」という意味だと捉えるのはおかしくない。しかし、見取り図と見比べると、2つのスイートルームが収まるべき「西側の居住区域の一番奥」が見当たらない。

  • 「~の間」「~の客間」と呼ばれる部屋のほとんどは、もう説明されている。どれも大きな一部屋であり、スイートではない。
  • 説明がない「衛兵室」と「控えの間」、そして見取り図に載っていない部屋では、「ステート・ルームを補完する」という表現に合わない。このスイートはステート・ルームに比べてあまり見劣りしない規模のはず。

東側にある未説明のスイート

それでは2つのスイートはどこにあるのか。ここで、引用文の直前で東側の中央にあるバルコニーの間を説明していたことを思い出す。そう、南北や西と違い、東は今までほとんど説明がなかった。そこで東側を見取り図で見ると、まだ説明していない部屋が2つある。「青と黄の続き部屋」と「象眼の続き部屋」。「続き部屋」、つまりスイート。それにかなり広そうなので、「西側のステート・ルームを補完する」という表現にあう。西のステートルーム、東の続き部屋が合わさることで、宮殿2階の豪華さが完全なものになると、Meyer-Stableyは言いたいのだろう。

「西側の一番奥」と「一続きのスイート」という現況との違い

「スイートは西でなく東のもの」という私の解釈には、問題点が一つある。バルコニーの間を挟んだ2つの続き部屋は、一続き(en enfilade)でないということ。「西側の奥にスイートはない」という問題を避けようとしたのに、「東側のスイートは隣接していない」という問題が出てきてしまった。だから、私の解釈のほうが妥当とは言いにくい。

本音を言えば、"en enfilade"はMeyer-Stableyのミスではないかと疑っている。でも「これは原著者の間違い」は自分の誤訳をもみ消せる過激な手段なので、気安くは使えない。今回はこの手を使えるほどの材料がそろっていない。

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