25年前の宮殿庭師頭を現役として紹介した原本

『バッキンガム宮殿の日常生活』の原本『La vie quotidienne à Buckingham Palace sous Elisabeth II』にあるおかしい記述は、メンデルスゾーンとオルガンの他にもありました。知識がない私が英国王室本の間違いを見つけるのはほぼ不可能なのですが、運というのはあなどれません。実は、見る人が見れば『Buckingham』も間違いが目立つ本なのでしょうか。

原本の記述

問題の文は次のとおり。

Meyer-Stabley原本:
Fred Nutbeam en est actuellement le jardinier en chef :
『バッキンガム』P.54:
現在の庭師のチーフはフレッド・ナッツビーンである。

多分Nutbeamはナットビームと表記するほうが普通だと思うので、私はナットビームと呼びます。私がこの記事を書くに至った最初のきっかけは、新倉真由美の固有名詞表記が変なせいで、Fred Nutbeamの名前に興味を引かれたことでした。

ここで重要なのはactuallement(現時点では)。Meyer-Stableyはこの後、女王がナットビームとおしゃべりする様子も現在形で書いています。原本の出版は2002年。

原本に反する資料

1978年5月18日付「Lawrence Journal-World」紙の10ページ、記事「Royal Gardener in final Season」より
Fred Nutbeam, head gardener to Queen Elizabeth at Buckingham Palace for more than 24 years, is hanging up his royal gardening tools for the last time.
バッキンガム宮殿で24年以上にわたり女王の庭師頭だったフレッド・ナットビームは王室の園芸道具を最後に壁に掛けようとしている。
2012年5月25日付「The Lady」誌で映像「The Queen’s Garden」を紹介する記事より
The film, made in 1976,
the Queen chats with head gardener Fred Nutbeam,
1976年の映像にナットビームが宮殿の庭師頭として女王とともにいます。
2006年4月20日「The Evening Standard」紙の記事要約より
Fred Nutbeam, who was head gardener at Buckingham Palace for 25 years.
Nutbeam, who died in 1997,
庭師頭として25年勤め、1997年に死去。

1978年に職を退き、1997年に死去した人物が、2002年出版の『Buckingham』で現役扱いだと知った時には、あっけに取られました。単なる出版当時の庭師頭ならまだしも、長年の名物庭師だったらしい人の活動年代を20年以上も間違えるなんて。

バッキンガムの名がタイトルに含まれる本をMeyer-Stableyが出したのは、2002年が初めてではありません。

1991年出版『La vie quotidienne à Buckingham de Victoria à Élisabeth II』
英国アマゾンで取扱対象です。
1986年出版『Buckingham Story』
『Buckingham』記載のMeyer-Stabley著作一覧にあるのを英アマゾンのなか見!検索(Look inside)で読めます。

『Buckingham』では古い本の文がかなり流用されているのかも知れません。でも流用前に現在も使える文かを確かめるくらいはしても当然ですね。

英国王室は専門分野のはずなのに

たかだか数個の間違いを見つけただけで私がやたらと反応するのは、氷山の一角を疑うせいのほかに、Meyer-Stableyが英国王室をネタに何冊も本を書いているせいでもあります。英アマゾンや仏アマゾンで検索した限りでは、2002年の『Buckingham』出版当時、すでにMeyer-Stableyはマーガレット王女、マウントバッテン卿夫人、ウィンザー公爵夫人を題材にした本を出しています。普段縁がない分野の『Noureev』と、散々飯のタネにしている分野の『Buckingham』では、間違いを見つけたときにMeyer-Stableyの著作全般に抱く不信感の程度が違います。

『バッキンガム』の訳者あとがきでも、新倉真由美は原本を褒めてみせています。

ジャーナリストであり、ロイヤルファミリーとも親交のあるスタブレ氏の情報量は膨大であり、イギリス王室の歴史的背景、バッキンガム宮殿の様子、王室の機構、ロイヤルファミリーの公人としての務めからプライベートな生活に至るまで、さまざまな視点で詳細にわたって記述されています。

でも、手を広げ過ぎて考証が雑になっては役に立ちません。『Noureev』のみならず『Buckingham』でも、Meyer-Stabley本を「ジャーナリストが記述する膨大な事実」と信頼するのは危険そうです。

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