謁見の間は親近感は少なくても行きやすい

『バッキンガム宮殿の日常生活』P.49:
コンスティチューションヒルとグリーンパークに面した女王の謁見の間は親近感を与える。
Telperion訳:
女王の謁見の間はもちろん、もっと近づきやすい。コンスティテューション・ヒルとグリーン・パークを同時に臨んでいる。
原本『Buckingham Palace au temps d'Elisabeth II』:
La salle d'audience de la reine est évidemment plus accessible. Elle donne à la fois sur Constitution Hill et sur Green Park.

宮殿2階の説明で、まず女王夫妻の私室を説明した後、謁見の間を説明するときの前置き。

原文と比べて注意すべき点

  • 新倉真由美の「親近感を与える」に相当する原語はaccessible
  • 謁見の間の形容であるaccessibleの前に、"évidemment plus"(もちろん、さらに)が付いている

つまり、次のことが言える。

  • 謁見の間は単にaccessibleなのではなく、直前の説明にある女王夫妻の私室に比べてaccessible
  • 謁見の間がaccessibleなのは明らか

「親近感を与える」という訳語の不審さ

accessibleの基本的な意味は「近づくことができる」。それから派生した意味のひとつに、「気さくな、取っつきやすい」がある。新倉真由美の「親近感を与える」は、この意味を採用した結果だろう。

さて、原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)の記述から分かる部屋の特徴を抜き出してみる。私室は持ち主が執務を離れてくつろぐための部屋、謁見の間は女王が人に会って公務をこなす部屋という違いが分かってくる。

女王夫妻の私室
  • 犬がいる
  • 家族のポートレートがあちこちに飾られている(原文のportraitsは写真も絵も指す。私は写真だろうと思う)
  • 寝室がある
謁見の間
  • アカデミックな絵やイギリス君主の写真が飾ってある(原本は"peinture académique, photos de souverains britanniques"、新倉本は「絵画やイギリスを統治した人びとの写真」)
  • 女王の仕事用文具が備えてある

こうして比べると、「謁見の間は私室に比べてもちろん親近感を与える」という記述はおかしい。壁にあるのが謁見の間ではイギリス君主の写真、私室では女王の家族のポートレートということからも、謁見の間がオフィシャルな場だということがうかがえる。女王がリラックスできるのが私室なのは明らかだし、他人が見ても、謁見の間のほうが居ずまいを正して臨むべき場所に見えるだろう。そんな緊張を強いられる謁見の間のほうが親近感を与えるのは、とても当然とは思えない。

「行きやすい」という訳語の自然さ

最初に、「accessibleの基本的な意味は『近づくことができる』」と書いた。実際、私の『プログレッシブ仏和辞典第2版』で最初にある意味は「近づきやすい、行きやすい、接近できる」。今度はこの意味を採用し、「謁見の間は私室に比べてもちろん行きやすい」としてみると、ごく当然な文になる。

女王夫妻の私室
宮殿の中でも特にプライベートな場所で、部外者の出入りは想定されていない。読者と自分が宮殿の各部屋を訪れるような書き方をしてきたメイエ=スタブレが、女王夫妻の私室に入るのは"nous n'avons pas été admis"(我々は許可されなかった)と書いたほど。
謁見の間
女王が人に会うための部屋なのだから、訪問者はとても多い。

単にaccessibleだけなら、「取っつきやすい」と「行きやすい」のどちらか判断しがたい。でも、ここでは"évidemment plus"(もちろん、さらに)が付くということを忘れなければ、「取っつきやすい」でなく「行きやすい」という結論になる。

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