伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフとフォンテーンはどう出会ったか

『ヌレエフ』P.130:
彼女にとっては明白だった。
Meyer-Stabley原本:
celle de la danseuse étoile semble la plus probable.
Telperion訳:
女性スターの説が最も信憑性が高いと思われる。

「ヌレエフの人生にマーゴット・フォンテーンが入り込んだいきさつにはいくつかの説があるが」(訳本P.130)に続く文。

この文の直訳は「女性のスター・ダンサーのそれが最も確かなように見える」。

  1. 主語の一部celle(それ)は女性名詞を表す代名詞。この場合は、前の文にあるversion(訳本では「説」)を指す。
  2. 述語の動詞semblerは「~のように見える」。
  3. "la plus probable"は形容詞probable(確からしい)の最上級「最も確からしい」。

問題の文は、「ヌレエフとフォンテーンがどう出会ったかは、フォンテーンの説が正しいだろう」という意味になる。フォンテーン自身の信念の強さでなく、フォンテーンの説に寄せるMeyer-Stableyの信頼を語っている。

Meyer-Stableyのミス - 逸話の出典はフォンテーンでない

この文の次に書かれるのが、デンマークに滞在中のヌレエフにフォンテーンがロンドンから電話をかけてガラ出演を依頼したという話。これがMeyer-Stableyの言うところの「女性スター・ダンサーの説」だろう。

ところが、『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)ペーパーバックP.200によると、フォンテーンが自ら電話をかけてきたというのは、実はヌレエフの自伝に書かれていること。フォンテーンは代理人を介しての出演交渉だったと言っているらしい。

なお、訳本にはこのガラについて次の食い違いがある。Solway本によると、これもヌレエフの自伝にある記載だとか。

  • P.131で、電話のフォンテーンが「公演は一〇月に行います」と言っている
  • P.135で、ガラは1961年11月2日に開催予定とある(実際にこの日に開催された)

更新履歴

2012/11/9
「Meyer-Stableyのミス」を少し書き換え
2014/1/23
説明を大幅に追記

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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