自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ

『ヌレエフとの密なる時』P.79:
本当のことを言えば、私は和解を願い、怪人ヌレエフが同意の兆候を見せてくれることだけを待っていたのだった。
Telperion訳:
実際には私は、期待していた和解の合図を怪物が見せることだけを待っていた。
原本『Temps Liés avec Noureev』:
En réalité je n'attendais qu'un signe du monstre pour la réconciliation que j'espérais.

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がもとで約5年ヌレエフと絶交したローラン・プティは共通の知人が仲直りのために2人を会わせようとする試みをすべて拒絶したことを書いた直後の文。

プティが求めたのはヌレエフからの働きかけ

プティが待ったのは、和解のための怪物(ヌレエフ)の合図(un signe du monstre pour la réconciliation)。プティは確かに和解を望んだが、そのための合図をするのはヌレエフであるべきだと思っていた。

しかし新倉真由美は、ヌレエフが合図する目的を「同意」だとした。このため、まずプティがヌレエフに和解の願いを伝え、ヌレエフの同意を待つという構図になった。

プティはヌレエフからの申し出を勝ち取った

プティは序文で、2人が衝突してほとぼりが冷めた後、「それぞれが相手の歩み寄りを待っていた」と書いている。つまり、仲直りしたくても、相手が和解を望んだから承知したという体裁を取りたい。だから「ノートルダム・ド・パリ」事件の後、プティは共通の知人による和解のセッティングを拒否した。結局和解が成立するのは、ヌレエフ自らがプティに電話をかけたとき。「それぞれが相手の歩み寄りを待った」と書いたプティだが、この件ではプティはヌレエフの歩み寄りを待ち続け、ついに勝ち取った。

新倉真由美が持ち込んだ「同意」という一言のせいで、「仲直りしたければ向こうから申し出るべき」というプティの自尊心は消えた。しかも単なる「見せるのを待つ」でなく「見せてくれるのを待つ」。新倉真由美は「~してくれる」という言い方を非常に好むが、自分からは和解に向けて動かなかったプティを描写するには、あまりにも低姿勢な表現。

『ヌレエフとの密なる時』のプティがヌレエフに低姿勢な例

新倉真由美が『ヌレエフとの密なる時』で描くプティが、原本に比べてヌレエフに腰が低いと私が思うのは、ここだけではない。

プティは振付家としてヌレエフを従わせるつもり
ヌレエフに対する指示の出し方が「~できるだろうか」
ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない
ヌレエフの毒舌に動揺したと書かれたのがプティだけ
和解後のプティとヌレエフ
「彼は喧嘩をためらった」が「我々は喧嘩をためらった」に

この記事もそうだが、いずれもデリケートな違い。『ヌレエフとの密なる時』だけを読むなら、これらを一度に読んでも、訳者の偏見を疑わずに「原本とちょっと印象が違う」くらいで済んだと思う。しかし私は新倉真由美の次作『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』を読んだ。あの本で新倉真由美がヌレエフの傍若無人さを散々誇張する兆しは、『ヌレエフとの密なる時』ですでに生まれているような気がしてならない。

主な更新

2016/12/9
主に見出しを変更
関連記事

コメント

非公開コメント