トールチーフとブルーンやバランシンのつながり

『ヌレエフ』P.127:
マリアはバランシンとブルーンとの間でバランスを保つのに最良の手段を講じていた。一方ルドルフはブルーンの話ばかりしていた
Meyer-Stabley原本:
Maria représente surtout le meilleur moyen d'entrer en contact avec Balanchine et Bruhn. D'ailleurs Rudolf ne cesse de lui parler de ce dernier.
Telperion訳:
マリアは何より、バランシンとブルーンにコンタクトを取る最良の手段を表していた。しかもルドルフはマリアにブルーンの話をするのをやめなかった。

ヌレエフと一時期付き合っていたマリア・トールチーフについて。

トールチーフがヌレエフのために役立つ面

"entrer en contact avec ~"は「~との間でバランスを保つ」でなく「~と連絡を取る、知り合いになる」。トールチーフがバランシンやブルーンと連絡を取る手段だというのは、トールチーフならヌレエフをバランシンやブルーンに会わせることができるという意味だろう。実際にヌレエフはトールチーフの紹介でブルーンに会うことになる。

représenterは「講じる」でなく「表す、代表する、意味する」など。それに、トールチーフがヌレエフをブルーンに紹介することを決心するのはこの文の後なので、ここで「講じる」という言葉を使うのは早すぎる。

第2文は第1文の傍証

仏和辞書にあるd'ailleursの意味は主に2つ。

  1. 前に述べたことに付け足すための「その上、しかも」
  2. 前に述べたことと反することを言う時の「~ではあるが」

この場合は、1番目の意味で使われていると考えればつじつまが合う。「マリアがバランシンやブルーンとつながっているのがルドルフにとって魅力的だった」と主張するMeyer-Stableyは、その説を補強するために「ルドルフはひっきりなしにブルーンの話をしていた」と続けているのだろう。

d'ailleursの意味として「一方」は見当たらない。新倉真由美は"par ailleurs"と見間違えたのではないかと思う。

新倉真由美の文の現実性の低さ

バランシンとブルーンは関係が薄い。1963年か1964年にブルーンが「アポロ」客演のためにニューヨーク・シティ・バレエでバランシンの指導を受けたが、結局公演は実現せずじまいだったことが、『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)や『バランシン伝』(バーナード・テイパー著、長野由紀訳、新書館)で触れられている。ヌレエフがトールチーフやブルーンと知り合う1961年では、バランシンとブルーンは面識すらなかったかも知れない。ヌレエフだろうとトールチーフだろうと、2人の間でバランスを取る必要があったとは思えない。

更新履歴

2014/1/24
小見出しの導入などによる書き換え
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