ブログ公開2周年

また6月14日がやって来ました。このブログを公開して2周年。まさかバッキンガム宮殿の観光客気分でこの日を迎えるとは、つい数か月前ですら予想もつきませんでした。

『バッキンガム宮殿の日常生活』の原文比較

「バレエ翻訳家になりたい新倉真由美がこの本を訳したいとは思えない、やっつけ仕事に決まっている」と前から決めつけてはいましたが、それでも現物には圧倒されます。今読み比べているのは新倉本のたかだか18ページ半ですが、すでに15の記事を公開、あと軽く15は上乗せできそうです。当初は「ページ数が少ないのだから、今度こそどんな細かいミスでも遠慮せずに書こう」と決意していたのですが、どうしたものか。

今の私は、残りのページも読み比べたいという誘惑と戦っています。ええ、比べたいですとも。でも、『バッキンガム宮殿の日常生活』はページ数も大きさも『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』を上回る一方、私は知っている仏単語の数が決定的に少なく、動詞の時制すら辞書で確かめることが多い。あまりに気が遠くなる作業です。そこまでして懸命に読むのは、英国王室本よりはAriane Dollfus著『Noureev : L'insoumis』のほうが楽しそうだし、2冊のヌレエフ本もないがしろにしたくありません。それでも、あと1~2章くらいは『バッキンガム宮殿の日常生活』を読んでもいいかなと迷っていますが。

フランス語の原書『Buckingham Palace au temps d'Elisabeth II』を楽に読める人が新倉真由美訳『バッキンガム宮殿の日常生活』と比較してくれるなら、特に目立つ個所だけでも、数年がかりの列挙でも、私は喜んで読みに行きます。フランス語と翻訳と英国王室を同時に好きな人が多くなさそうなのがネックですが。

ヌレエフ本の記事についての今後の課題

1. 確証不足な個所を確定した記事に昇格させる

今年最初の記事にも書きました。私の実力だと実現には一苦労ですが、もちろん、私が一番やりたいのはこれです。

2. 原書『Noureev』について思うことも書く

これ、2013年最初の記事のときから、1月と6月に節目の記事を書くたびに言い続けています。なのに今まで果たせない理由は2つ。

  1. 新倉真由美の訳書『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』のネタが多過ぎる。新規記事の頻度は減っても、上に書いた確証不足な個所について考えることは今もある。
  2. 何が正解とは言いづらい分野に踏み込むのはためらわれる。

それでも、「当時プルミエ・ダンスールだったマニュエル・ルグリ」とか、「ダニエル・エズラロー振付『In the Middle Somewhat Elevated』」とか書いてある愉快な本を、『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』訳者あとがきで新倉真由美が「膨大なデータに裏付けられた事実」とか何とか褒めちぎるのを読むのは、何ともむずかゆいものです。原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)が書いたことは『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』の中身と違うし、私は新倉真由美の絶賛が本心だと思いませんが、それ以外にも、そもそも原本がそれほどの本ではないと思うのです。バレエ素人の芸能記者にも伝記を書きたいと思わせるのは、ヌレエフの大きな影響力のたまものだし、私はメイエ=スタブレ本をかなり楽しく読んでいます。でもヌレエフの貴重な参考文献としてすべて信じるのはお勧めできません。

3. 既存の記事を分かりやすく書き直す

私のブログの目的上、『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』や『ヌレエフとの密なる時』を読んだ人や読もうとしている人に分からない記事を書いては意味がありません。ただでさえ私のブログはフランス語が多くて取っつきにくいと思います。時間をかけない飛ばし読みでも、フランス語の文法を深く考えなくても、新倉真由美訳のどこがおかしいかを理解しやすい記事にする努力は、記事の公開後も続けたいです。

今のところ、『ヌレエフとの密なる時』の当初の記事の読みにくさが目立ちます。あの頃(2012年末から2013年初め)は私の記事の長文化が始まった一方、箇条書きや小見出しなど、要点を見やすくする工夫をろくにしていなかった時期なので。『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』優先で長らく後回しにしましたが、そろそろ手を付けたいです。

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