2本の廊下の名前と用途

『バッキンガム』P.47:
エレベーターで上がったら、王の広間を通って広々とした廊下に出る。それは宮殿の中枢だ。赤いじゅうたんで覆われた寄木張りの床の上を女王に仕える一〇〇人もの人がひっきりなしに行き交っている。
Meyer-Stabley原本:
Si vous avez emprunté l'ascenseur, vous pénétrez dans le corridor du roi qui se prolonge par le couloir principal. C'est la grande artère du palais. Ces parquets recouverts de tapis rouge gémissent sous l'incessant passage de ceux qui ont à faire chez la reine :
Telperion訳:
エレベーターを借りたのなら、王の廊下に足を踏み入れる。その廊下は主廊下から延びている。宮殿の大動脈だ。女王のところで用事がある人々が絶え間なく通る下で、赤絨毯におおわれた寄せ木張りの床がきしむ。

2本の廊下の名前

ここでは宮殿2階にある2本の廊下を話題にしている。しかし新倉本P.38の宮殿2階見取り図を見ても、どこなのかぴんと来ない。それは本文での廊下の呼び方が2つともまずいせい。

王の廊下

エレベーターで上がった先で入るのは、「王の広間」でなく"le corridor du roi"(王の廊下)。実際、見取り図には「王の廊下」が載っており、1階から「女王のエレベーター」で2階に上がると「王の廊下」の端に着く。

主廊下

先の"le corridor du roi"には、関係節"qui se prolonge par le couloir principal"(主要な廊下から延びる)が付いている。見取り図を見ると、王の廊下につながる「メイン廊下」が載っており、原本では"le couloir principal"だろうと推定できる。つまり、"le couloir principal"は廊下の呼び名であり、principalはその一部。実際、principalに「広々した」という意味はない。一定の呼び名がある廊下を無名のように書くのは混乱の元。

英国王室コレクションのサイトで、バッキンガム宮殿の"The Principal Corridor"の写真を見られる。多分"le couloir principal"の英名は"The Principal Corridor"なのだろう。

大動脈と中枢の違い

廊下は「宮殿の大動脈」(la grande artère du palais)と呼ばれている。artèreを辞書で引くと、「動脈」のほかに「幹線道路」の意味もある。つまり、重要な輸送経路を指す比喩でもある。Meyer-Stableyが廊下を大動脈と呼ぶ理由は、人通りが多いせいだというのが、すぐ後の文で分かる。

私から見ると、人通りの激しい廊下を「中枢」と呼ぶのは、まったくふさわしくない。廊下は重要な意思決定が行われる場所ではないし、大々的な儀式が執り行われる場所でもない。女王を初めとする要人もほとんどいない。宮殿の中枢と呼ぶべき場所は他にあるはず。「東名高速道路は日本の大動脈」とは言うかも知れないが(道路名は適当)、「東名高速道路は日本の中枢」と言うのは変だろう。

廊下を通る人々の目的

廊下を絶えず通る人々は"ceux qui ont à faire chez la reine"と呼ばれている。

  1. "ceux qui ~(文の述部)"は「~である人々」。新倉真由美が「百人」と言い出したのは、ceuxをcent(百)と見間違えたのではないかと疑っている。
  2. 述部"ont à faire"は「用事がある、するべきことがある」。faireを仏和辞書で引くと、"avoir à faire"という形で載っている。
  3. 最後の"chez la reine"の解釈は難しい。前置詞chezに続くのが人である場合、「~の家で、~の店で」という用法が一般的。「その人が属する場所で」という意味合いらしい。

語句全体を「女王の宮殿で用事がある人々」と解釈するのは可能だろう。しかし私は、この人たちは単に女王の宮殿で用事があるのではなく、女王本人のすぐ近くで用事があるのだと思う。

  • 見取り図を見ると、2階のスタッフの執務室は、女王の執務室や謁見の間とは反対側にある。離れたところで働いているスタッフが主廊下や王の廊下を通るのは、その先にある女王の場所に用があるからだろう。
  • Meyer-Stableyがこの後で挙げる人々の例には、女王に会いに来た訪問者が混ざっている。新倉真由美はその例を消し、常勤の職員しかいないように書いているが。それについては記事「外部からの訪問者も廊下を通る」で書く。
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