説明している出入口は門でなく戸口

『バッキンガム』P.41:
通常の訪問者は正面右側の〈使用門〉から出入りする。戦時下では、王室を訪問する者は宮廷内部にある廷臣用の門から出入りするよう指示された。平和を取り戻してからは少し離れたところにある〈大門〉は重要な訪問客用に使われ、王家の馬車が盛大に登場し柱廊の下で止められた。
Meyer-Stabley原本:
« Tout visiteur normal entrait par la Privy Purse Door [porte de la Cassette privé], située du côté droit de la façade. Quant aux visiteurs du roi, ils étaient dirigés, en temps de guerre, vers la porte des écuyers, dans la cour intérieure. Dès que la paix fut rétablie, la "Grande Entrée", un peu plus loin, servit aux visiteurs de marque, qui se faisaient conduire en pompe, dans l'une des voitures à chevaux du roi, et s'arrêtaient sous le portique. »
Telperion訳:
「普通の訪問者はすべて、正面右側に位置する"Privy Purse Door"(君主手許金の戸口)から入っていた。王の訪問者はどうかというと、戦時中は中庭にある侍従の戸口に案内されていた。平和が回復するとすぐに、少し遠くの『大玄関』が賓客のために使われた。彼らは王の馬車の1台で盛大に連れて来られ、柱廊の下で止まったものだ」

宮殿に入る際のルールに関する識者として、ジョージ6世の侍従ピーター・タウンゼントの名が出た後の文。直前の文は記事「個人の例でなく一般論としての入口使用」にある。

筆者はMeyer-Stableyでなくピーター・タウンゼント

引用文は括弧«と»で囲まれている。これはMeyer-Stabley自身の文ではなく、どこからか引用した文だという印。直前に「タウンゼントが認めた」とあり、ここでその認めたこと(どの入口に行くかは利用者の身分で決まる)が具体的に書かれているのだから、タウンゼントの談話なのは明らか。実際、新倉本P.48には、タウンゼントが回想録を書いたとある。

出入口は門か戸か

タウンゼントが挙げた出入口は3つ。

1. the Privy Purse Door

"Privy Purse Door"は英語で、Meyer-Stableyは仏語訳"la porte de la Cassette privé"と併記している。イギリスでの呼び名が"the Privy Purse Door"なのは明らか。

ここで注意すべきは、仏語訳porteに当たる英語がDoorだということ。フランス語のporteは門と戸の両方を指すことができる。しかし英語では、門と戸はgateとdoorとして区別される。本場の関係者が"the Privy Purse Door"と呼ぶ場所は、宮殿を囲む塀や柵に開けられた門ではなく、宮殿そのものの戸口だと判断できる。

2. la porte des écuyers
Meyer-Stableyが"porte de la Cassette privé"と説明した"the Privy Purse Door"が戸口なのだから、Meyer-Stableyがやはりporteと訳した"la porte des écuyers"も戸口だと推定してよい。
3. la Grande Entrée
  • entréeは建物の入口を指す言葉なので、"la Grande Entrée"が玄関を指すのはporteの場合よりも明らか。
  • 第一、新倉本P.37にある宮殿1階の見取り図には「大玄関」という場所があり、仏語は" la Grande Entrée"だと思われる。宮殿の主要入口から入って中庭を突っ切った先にあるこの場所、門を指すようには見えない。

なるほど、porteが門と戸のどちらを指すのか迷うことはある。バッキンガム宮殿への入り方の説明であるここなど、一番難しいところだろう。しかし、戸だという手掛かりがあるのに無視して門だと決めつけるのは感心しない。新倉本を読み進めると、宮殿内部を歩いているはずなのに突然門が出てくる個所がいくつかあるが、それはporteが扉でなく門だという新倉真由美の思い込みが原因。

宮廷でなく中庭

新倉真由美訳をよく読むと、「宮廷内部にある門とはどういう意味だろう。宮殿に入ろうとしているときに、門より先に宮廷に行けるとは変ではないか」という疑問が湧くのではないだろうか。宮廷と言えば、宮殿の中心部、君主その人と同席できる場所を想像するのが普通だろうから。

新倉真由美が「宮廷」と訳したcourには、「宮廷」の他に「中庭」という意味がある。ここではそちらの意味のほうが妥当。

  • バッキンガム宮殿に中庭があるのは、先ほど触れた1階見取り図からも明らかだし、googleマップでバッキンガム宮殿を高倍率で見ても分かる。
  • 原文ではcourをintérieure(内部の)が修飾している。出入り口の場所の説明に「内部の宮廷」は意味不明過ぎる言葉。

"the Privy Purse Door"という名

"Privy Purse"とは英国君主が個人的に使用できる金。Meyer-Stableyの仏語訳"Cassette privé"は、それを踏まえた「王侯専用の個人財産」。

新倉真由美の〈使用門〉は、まるで現地での呼び名のような書き方だが、現地での呼び名"the Privy Purse Door"とは無関係な言葉。

王と王室

原文中には"du roi"(王の)という語句が2度出る。これは第2次大戦中や終戦直後の国王であり、タウンゼントが仕えていたジョージ6世のこと。新倉真由美は「王室」「王家」としているが、roiが指すのは国王ただ一人で、他の王族は含まれない。このような王室本では、王と王族の区別はきちんと付けるほうが無難だと思う。

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