鍵盤楽器で学んだのは音楽理論

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.298:
「私は子どもの頃鍵盤の上で音符を読むことを覚えました。また対位法とハーモニーを真剣に勉強しました」
Telperion訳:
「子どものころから音楽を読むことはできましたが、本当に対位法と和声法を学んだのは、この鍵盤の上でです」
原本『Noureev』:
« J'ai su la lire dès mon enfance, mais c'est sur ce clavier, dit-il, que j'ai vraiment étudié le contrepoint et l'harmonie. »

音楽を独学したことを語るヌレエフ。

ヌレエフの言葉は2つの文に分かれる

文中のdit-il(彼は言った)は談話そのものではない。それを除いたのがヌレエフの言ったことであり、そこでは次の2つの文がmais(しかし)でつながっている。

1番目の文
J'ai su la lire dès mon enfance, (子どものころからそれを読むことができた)

ちなみに、「それ」に当たる代名詞laは女性名詞を指すので、この場合は引用する前の文にある女性名詞musique(音楽)のこと。

2番目の文
c'est sur ce clavier que j'ai vraiment étudié le contrepoint et l'harmonie. (私が本当に対位法と和声法を学んだのは、この鍵盤の上である)

"c'est A que B"(Bなのは、Aである)という強調構文。

新倉真由美の文の分け方の破綻

新倉真由美は2つの文を次のように分けたらしい。

J'ai su la lire dès mon enfance, mais c'est sur ce clavier ,
que j'ai vraiment étudié le contrepoint et l'harmonie.

しかしこの分け方は、さまざまな点で破綻している。

  • 1番目の文に含まれる主語と述語のペアが、"J'ai su"とc'estという2つになる。しかし1つの文に主語と述語のペアは1つでなければならない。
  • 2番目の文の先頭がqueになる。文がqueで始まるのは、疑問文や感嘆文などに限られ、ここでは当てはまらない。
  • 1番目の文中になぜmais(しかし)があるのかを説明できない。

鍵盤で音楽を学んだのは成人後

引用した文の前で、ヌレエフが自室のチェンバロで音楽を学んだことが書かれている。これはヌレエフが西側で裕福になってからのこと。貧しかった幼少のヌレエフにそんなぜいたくは不可能なのだから。

子ども時代からできた「音楽を読む」に、大人になってからの「この鍵盤の上で」をつなげるのは、文法的に正しくないのはもちろん、意味的にもありえない。それを悟った上でのことかどうか、新倉真由美は「この鍵盤」を都合よく「鍵盤」と書いている。

対位法と対をなすのは和声法

原文のharmonieは、contrepoint(対位法)と対になっているので、和声法のこと。対位法と和声法は西洋音楽の根幹をなす理論。「この鍵盤の上で対位法と和声法を学ぶ」とは、鍵盤でいろいろな和音や旋律を鳴らして、2つの理論を理解したということだろう。

主な更新

2014/1/27
説明を大幅に追記
2017/11/25
説明順序を入れ替え
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