シャンデリア制作者に化けたピアニスト

『バッキンガム宮殿の日常生活』P.50:
アーサー・ルビンスタインが自ら作った数々のシャンデリアは宮殿の中で最も美しい。
Telperion訳:
広がるシャンデリアの数々は宮殿で最も美しいものであり続けている。アルトゥール・ルービンシュタインその人がここに姿を現した。
原本『Buckingham Palace au temps d'Elisabeth II』:
les lustres immenses demeurent les plus beaux du palais. Arthur Rubinstein lui-même s'y produisit.

バッキンガム宮殿内の音楽の間(英名は"the Music Room")の説明。

仏文解釈

新倉真由美はどうやら、2番目の原文を"Arthur Rubinstein lui-même les produisit."と混同したらしい。

  1. 文の述語"s'y produisit"で使われている動詞は、代名動詞"se produire"であり、意味は「生じる、現れる、出演する」など。単なる他動詞であるproduire(作り出す)とは違う。
  2. yは「そこに、そこで」などという場所を指す代名詞。この場合は、引用したのより1つ前の文で名指しされた音楽の間を指す。「それを」とか「それらを」とかいう意味ではない。

2番目の原文でシャンデリアは触れられていない。完全に別な文。

ルービンシュタインの素性

ピアノ曲に偏ったクラヲタ歴が長い私にとって、この新倉真由美訳は『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』や『ヌレエフとの密なる時』にある明らかに事実でない文のどれよりも噴飯もの。アルトゥール・ルービンシュタインは20世紀に活躍したピアニストのなかでも、特に高名な一人なのだから。

2014年現在では、googleでArthur Rubinsteinを検索すると、ルービンシュタインの日本語wikipedia記事がトップに出る。『バッキンガム宮殿の日常生活』が出版された2011年でも、ルービンシュタインを扱うページが上位にずらずら出たはず。たとえインターネット検索がなかった時代でも、音楽の間に来る人間としてまず考えられるのは音楽家だと推測し、クラシック人名事典か何かで正体を知ることはできたろう。

それに、「仏文解釈」で書いたとおり、あの原文に「シャンデリアを作った」という解釈はありえない。たとえRubinsteinについて調べる気がなくても、原文をしっかり読んで「アーサー・ルビンスタイン自身がそこに現れた」にすれば、人名表記は別として、どんな職業の人間にも通用する文になったのに。

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