新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)

『ヌレエフ』を読んで事前の知識の有無にかかわらずに変だと思った訳文について、今回は「三日月クラシック」の次の記事に載っている分を取り上げます。

とはいっても、今回取り上げる訳文は前回ほど多くありません。原文比較3のときはDiane Solway著『Nureyev: His Life』の記述と合わない個所を主に照合したようだし、原文比較4・5のときは訳文が一見自然かどうかを重視しなかったようです。

ありそうにない内容の訳文

寒村にある私設天文台

P.23-24 私設の天文台によじ登って (原文比較3)

ヌレエフが自伝で語る幼少時の思い出。私は「私設の天文台」から私が思い浮かべるのは、天文好きの個人が作り上げた、小規模ながらも本格的な設備。しかし幼少時のヌレエフが当時いたのは貧しい村で、そんなおしゃれなものはありそうにない。

年齢で追いつきたい

P.130 ヌレエフは年齢だけでなくバレエテクニックにおいても、エリックに追いつき支配したがるようになった。(原文比較3)

すでに別記事で書いたがもう一度。「年齢において追いつきたい」という実現不可能な望みをいい年をした大人が本気で抱くのか? 「年下だからといって負けない」という意味だと好意的に解釈しても、それを「年齢において追いつく」と呼ぶのが一般的とは思えない。

さらに言うと、ヌレエフが何よりもダンサーとしてのエリック・ブルーンに心酔していたのは、『ヌレエフ』を読んでいてすらうかがえる。ヌレエフが「年齢だけでなくバレエテクニックにおいても追いつきたがる」という表現は、バレエより年齢を先に重視しているようで、しっくりこない。

大物のバレエ愛好家がいる場所で注目されない

P.73 そこではルドルフの存在は注目には値しなかった。(原文比較5)

ソ連政府のお偉方が集うパーティで踊るために呼ばれたことについて。この直後に続く「フルシチョフ夫人はバレエ愛好家」は、逆にヌレエフが注目される立派な理由となっている。さらに「フルシチョフ夫人はルドルフの流儀を認めていなかった」とか「ルドルフは高官たちの前で失敗してしまった」とか続くなら、文全体としての整合性は保たれるだろう。しかし読み進めても、ヌレエフは名誉な場所で任務をこなしており、注目に値しない理由は分からないまま。

意味不明な訳文

既婚ダンサー用の許可

P.77 ヨーロッパ行きに際しルドルフに与えられた許可は、驚くべきことに既婚ダンサー用のものだった。(原文比較3)

既婚ダンサー用の許可を与えられるとはどういう意味なのか、なぜそうなったのか、新倉本にはまったく書かれていない。

お粗末なマスコミにより公演になかなか出られない

P.82 反順応主義者としての評価とお粗末なマスコミによって、五日目の公演からしか出演できなかったのだ。(原文比較3)

ヌレエフが反順応主義者だと評価されていたせいでパリ公演登場が遅くなるという因果関係は分かる。しかしマスコミがお粗末だとなぜヌレエフのパリ・デビューが遅くなるのかが分からない。ヌレエフのデビューを早めるためにマスコミが運動するべきだったとか?

飛行機搭乗と無関係な話の乱入

P.92 彼らは年々狭き門を通過してくる。(原文比較4)

パリから出国しようとしているダンサーたち。その描写の最中にいきなり入団試験か何かの話?

ヌレエフの亡命とアメリカの交渉拒否が並ぶ

P.104 ソヴィエトへの外交上の記録には、ヌレエフの政治的保護要求は、核実験や非武装に関する交渉をアメリカ合衆国が拒否したことと同様に曖昧に記述されていた。(原文比較3)

ソ連に向けた記録にヌレエフの亡命とアメリカの表明を併記する状況が分からない。ヌレエフはフランスで亡命したので、フランスから亡命に関する文書を送ることはあるかも知れない。しかし、その文書でアメリカの交渉拒否について書く必要はあるのだろうか。フランスでなくアメリカからの文書だとすると、今度はヌレエフについて外交文書で書く理由がない。ダンサーに逃げられたのを皮肉るとか?

関連記事

コメント

非公開コメント