伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (1)

文の一部を誤解するのはよくあることです。でも、近くの別な部分を読んで「あれ、さっき書いてあったことと矛盾している。そうか、さっきのは勘違いだ」と間違いに気づくことも多いものです。こうして自分で誤訳を修正しやすいことが、長文のいいところ。

ところが、新倉真由美の訳文を読んでいると、勘違いのままだと矛盾する他の個所が都合よく消えていることがあります。不注意が重なっただけかもしれません。でも、私は矛盾をなくすためにわざと消したのかもと疑ってしまいます。

「新倉真由美のヌレエフ像に合うように原本を都合よく書き換えていないか」と思える個所がいくつかあることについては、以前「訳本が招くヌレエフの誤解」シリーズで書きました。今回はそこで挙げた例を外し、純粋にひとつの勘違いを守るために正しい別な個所が消されたように見える例を挙げます。

特に目立つ例

まず、私の印象に最も残っている例を挙げて説明します。

1. バリシニコフが亡命した時にいた場所

もともとの指摘は「三日月クラシック」にあるのですが、そこで私が誤訳をやらかしていたので、修正して再掲します。

『ヌレエフ』P.214:
一九七四年バリシニコフがキーロフバレエ団の巡業でヨーロッパに滞在しているとき、
Meyer-Stabley原本:
Lorsqu'en 1974 Barichnikov passe à l'Ouest en profitant d'une tournée du Kirov à Toronto,
Telperion訳:
1974年バリシニコフがキーロフのトロント・ツアーを利用して西側を訪れたに渡ったとき

"passer à l'Ouest"(西側に渡る)は単なる訪問でなく、亡命を指す言葉。別な場所でもその意味で使われていました。次の文に"cette défection"(この亡命)とあるのに、前の文で亡命が行われていたと気づかなかったとは、うかつでした。

さて、本題です。先ほど私が書いた、勘違いに気づくきっかけになるべき部分が都合よく消える様子を簡単に書くと、こうなります。

勘違い
Ouest(西)とはヨーロッパ。
反証
原本には続いてTorontoとある。トロントはカナダの都市なのだから、ヨーロッパではありえない。
本当の解釈
Ouestはアメリカを筆頭とする西側諸国。
新倉真由美の訳
「トロント」が消える。

Ouestをヨーロッパと思うこと自体は、そうおかしな連想だとは思いません。でも、そうすると「トロントでの巡業でヨーロッパに滞在し」という変てこな訳文になります。推測の余地があるOuestと、疑問の余地がないToronto、どちらを信じるかといえば、当然Torontoでしょう。だから「なんだ、Ouestはヨーロッパではないんだ」と簡単に軌道修正できるはず。

しかし新倉真由美の文では「ヨーロッパ」でなく「トロント」が消えました。もちろん、バリシニコフがトロントで亡命したのは歴然たる事実です。しかしそれを知らなければ、一見もっともらしい文になりました。

説明を簡略化して、他の分かりやすい例をいくつか挙げます。

2. ヌレエフの亡命を援護した2人の男性(P.97)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較3
勘違い
inspecteurは「検査官」。
反証
2人はpolicierとも何度か呼ばれている。policierは「警官」で、「検査官」という訳はない。
本当の解釈
inspecteurは「刑事」。これなら同時にpolicierであっても矛盾はない。
新倉真由美の訳
policierもすべて「検査官」(または誤植かもしれない「検察官」)と訳される。
原本ではpolicierが使われている個所の例
  1. クララがフランスの検査官二人と戻ってくる(P.98)
  2. あれはフランスの検察官なの。(P.98-99)

3. ヌレエフがもたらしたもの(P.303)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較4
勘違い
「ルドルフは《 touche de perfection 》を~にもたらす」という形の原文は、「ルドルフは完璧ないでたちで~に向かう」と言い換えられる。
反証
  1. 原文は「彼が最後の《 touche de perfection 》を振付にもたらす」という形。ヌレエフが振付に向かうとは意味不明。
  2. これは本番前日のこと。ヌレエフは翌日の本番にも出席するのに、本番前日が「最後の完璧ないでたち」のはずがない。
本当の解釈
問題の個所はヌレエフが振付を完璧に見えるように仕上げるさまを表す。翌日発表するのだから、手を加えるのは本番前日が最後。
新倉真由美の訳
  1. 「振付」(フランス語はchorégraphie)が「劇場」(フランス語はthéâtre)になる。
  2. 「最後の」が消える。

4. エトワールを任命するのは(P.272)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較5
勘違い
エトワールを任命するのは芸術監督。
反証
任命するのは"le directeur de l'Opéra"、推薦するのが"le directeur de la danse"だとある。芸術監督に当たるフランス語が"le directeur de la danse"なのは、原本を読めば明らか。
本当の解釈
エトワールを任命するのは、推薦者であるバレエ団芸術監督の上位にいるオペラ座総裁。
新倉真由美の訳
"le directeur de l'Opéra"が「芸術監督」と訳される一方、普段は「芸術監督」と訳される"le directeur de la danse"がここに限って「バレエ部門の責任者」と訳される。

5. オランジュリー(P.226)

詳細記事
オランジュリーは美術館でなくレストラン
勘違い
文中のl'Orangerieは有名な美術館。
反証
"de Jean-Claude Brialy(ジャン=クロード・ブリアリーの)が付いている。オランジュリー美術館はブリアリーの私有物ではない。
本当の解釈
オランジュリーはブリアリーがオーナーをしていたレストラン。
新倉真由美の訳
「ジャン=クロード・ブリアリーの」が消え、「美術館」が追加される。

なぜ都合の良い変更が多発するのか

第3の例はtoucheの解釈がちょっと難しいですが、他は明快な文ばかり。あれだけ明快な矛盾点がすべてたまたま見過ごされることもあるかも知れません。でも私にとって、それよりはるかにありそうなのは、「バリシニコフはヨーロッパにいるのだから、トロントというのは原著者の間違いだ!」「オランジュリーは美術館なのだから、ブリアリーの名があってはならない!」という強烈な思い込みによる確信的な削除や改変。

信じられないような原文無視が過失なのか意図的なのかは、しょせん憶測しかできません。それに、どちらであっても情けない事態には違いなく、考えても仕方がないことでしょう。なのに考えてしまうのは、私自身にとっては意図的な書き換えのほうが嫌だからなのだろうと思います。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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