サガンの胸を打ったのはヌレエフが自身を見る視線

『ヌレエフ』P.247:
「私がスタジオにいても、ダンサーたちはおずおずと鏡に映った自分の姿に見とれていて、見慣れない私に注意を払う様子はありませんでした。一方ヌレエフは、鏡の前で休むことなく一つの動きをとても速くしかも正確に繰り返し行っていて、私はその優美な姿に打たれました。同時に冷酷で主人が召使を見るような視線で自分をコントロールしていました」
Telperion訳:
彼女の指摘によると、人々は鏡の中の自分を見るとき、怖がるか、うぬぼれるか、そわそわするか、遠慮するかだが、見知らぬ人を見ているかのようでは決してない。ところが、ダンス・スタジオの鏡の前で休みなく「猫のようなスピードと正確さで」動きを繰り返すヌレエフにおいて、彼女の印象に強く残ったのは、彼が自分をコントロールするときの冷たい眼差し、主人が召使に向けるものだと彼女が見なした眼差しだった。
原本『Noureev』:
Elle constate que les gens se regardent dans une glace avec effroi, complaisance, gêne ou timidité, mais jamais comme s'ils y voyaient un étranger. Or, ce qui la frappe chez Noureev, reprenant sans cesse un mouvement devant le miroir du studio de danse « avec une vitesse et une précision félines », c'est le regard froid avec lequel il se contrôle, regard qu'elle définit comme celui du mâitre au valet.

フランソワーズ・サガンが語るヌレエフ。邦訳本『私自身のための優しい回想』(朝吹三吉訳、新潮社)で読める。

最初に語られるのは一般人が鏡の自分を見る態度

1番目の文で"Elle constate que"(彼女は次のように指摘する)に続く文、つまりサガンの指摘の内容は、次の3つの部分に分けられる。

les gens se regardent dans une glace (人々は鏡の中の自分を見る)
avec effroi, complaisance, gêne ou timidité (恐れ、うぬぼれ、気まずさ、または気弱さをもって)
mais jamais comme s'ils y voyaient un étranger (しかしそこに見知らぬ人を見ているかのようでは決してなく)

鏡の外にいるサガンをどう見るかという話はしていない。そもそも原文には、étranger(見知らぬ人)がサガンだとも、gens(人々)がサガンと同室のダンサーだとも書かれていない。単なる普通の人の普通な振る舞いを述べているだけに見える。

サガンの印象に残ったのは何よりもヌレエフの視線

2番目の文では"A, c'est B."は「AであるのはBだ」という構文が使われている。原文でc'estの前後の長さを見れば分かるとおり、この文ではAもBもとても長い。しかしヌレエフやその眼差しへの形容表現を分かりやすさのために省くと、AとBは次のとおりだと分かる。

A (主語)
ce qui la frappe chez Noureev (ヌレエフにおいて彼女に強い印象を与えたもの)
B (主語と同じもの)
le regard froid (冷徹な眼差し)

普通の人は自分の姿に特別な感情を抱くが、ヌレエフは他人を見るかのように自分を見るのが印象的だというのが、サガンが言いたいこと。

新倉真由美が原文のどこを見て「優美な姿」という言葉をひねり出したのか、私には見当が付かない。サガンはヌレエフの視線を描写するのにさぞ熱をこめたろうに、新倉真由美の文ではおまけのような扱いなのが悲しい。

原著者がサガンの文をそのまま引用したのは単語7つのみ

原著者メイエ=スタブレー(Meyer-Stabley)はここでサガンの文を紹介するとき、「彼女はこうした」という表現を何度も使っている。

Elle constate que (彼女は指摘する)
ce qui la frappe (彼女の印象に残ったもの)
elle définit comme celui du mâitre au valet (主人が召使に向けるものだと彼女が定義する)

ここに書かれているサガンの文の内容は、メイエ=スタブレーが自分なりに書き直したものだと分かる。その中で唯一、括弧で囲まれた部分がある。

« avec une vitesse et une précision félines » (「猫のようなスピードと正確さで」)

これはメイエ=スタブレーがサガンの文をそのまま写した部分。日本語で角括弧「」で囲まれた部分は、原典をそのまま引用したと受け取られるのと同じ。

ところが新倉真由美は、メイエ=スタブレーの要約も何もかも角括弧で囲み、文の主語を「彼女」から「私」にして、さもサガンの文をすべて引用したような顔をしている。

更新履歴

2014/1/19
小見出しの追加、第1の論点の書き直し
2017/11/22
大幅に加筆
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