ワガノワ時代の苦労は小さくはない

『ヌレエフ』P.50:
私は苦痛の限界にいたわけではありません
Telperion訳:
私の苦痛には終わりがなかった。
原本『Noureev』:
Je n'étais pas au bout de mes peines,

ヌレエフがワガノワ・アカデミーで周囲に反発されたことを述懐する自伝の引用の始まり。

boutは「端、果て」という意味で、それを使ったイディオム"au bout de ~"は「~の果てに、~の終わりに」。これを当てはめるとヌレエフの言葉の直訳は「私は私の苦労の終わりにはいなかった」となる。つまり「苦労の連続だった」。実際、引用部分ではヌレエフが反感を買い始めたことを丁寧に語っており、その中に「あんなのは大した苦労ではない」という文が入っていてはしっくりしない。

au bout deの用例

新倉真由美は「終わり」を「限界」に読み替えているように見える。しかし残念ながら、辞書の用例を見る限り、"au bout de ~"は「~の限界に」でなくあくまで「~の終わりに」として使われている。ためしに『プログレッシブ仏和辞典第2版』から用例を抜粋してみる。

  • arriver au bout d'un travail
    仕事をやり終える(Telperion注: 直訳は「仕事の終わりに達する」)
  • Il n'est pas au bout de ses peines.
    彼はまだ難渋している
  • au bout d'un certain temps
    しばらくたって(Telperion注: 直訳は「ある時間の終わりに」)

ここでの第2項で今回と同じ表現が出ている。なお、この表現は有志が作成した辞書サイトWiktionnaireにイディオムとして載っている。

ne pas être au bout de ses peines
Ne pas avoir fini de rencontrer des obstacles, d'éprouver des contrariétés, des chagrins.
障害に遭遇し、困難や嘆きを感じることが終わっていない(Telperion訳)
関連記事

コメント

非公開コメント