バリシニコフによる弔辞は素直に訳せば十分なのに

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』巻頭:
彼は、朴訥で天涯孤独な男性である一方偶像として、カリスマ性と近づきがたい尊大さを持ち合わせていた。
Telperion訳:
彼は地上の人間のカリスマと単純さ、そして神々の触れるべからざる傲慢さを備えていました。
原本『Noureev』:
Il avait le charisme et la simplicité d'un homme de la terre, et l'arrogance intouchable des dieux.

バリシニコフが寄せた弔辞。『Noureev: The Life』(Julie Kavanagh著)のペーパーバックP.696によると、ヌレエフの葬儀のとき文化大臣ジャック・ラングが朗読したという。

原文の構成はきわめて単純

原文は主語+述語+目的語という、きわめて単純な構成の文。目的語は次の2つ。

  • le charisme et la simplicité d'un homme de la terre (地上の人間のカリスマと単純さ)
  • l'arrogance intouchable des dieux (神々の触れることができない傲慢さ)

ちなみに、先に書いたKavanagh本には、この言葉が英語で載っている。バリシニコフはフランスよりアメリカとの縁が深いので、バリシニコフ本人が語ったのは英語版なのだろう。フランス語を知らなくても原文の単純さを実感しやすくするため、こちらも引用する。

He had the charisma and the simplicity of a man of the earth and the untouchable arrogance of the gods.

原文からあちこちずれた新倉訳

新倉真由美は原文にないことを訳文にずいぶん盛り込んでいる。

  • 「天涯孤独」に当たる単語は原文にない。まさか"de la terre"(地上の)を「天涯孤独な」と訳したのだろうか。
  • 「偶像」に当たる単語idoleは原文にない。一方、dieux(神々)に当たる言葉が訳文にないので、あるいは新倉真由美はdieuxを「偶像」と訳したのかも知れない。しかし、偶像とは神をかたどって作られた像であり、神自身ではない(だからこそ偶像を禁じる宗教が存在する)。
  • 原文では、カリスマ性は人間のもの、尊大さは神々のもの。しかし新倉真由美の訳では2つの特性が同じもの(偶像?)に属するような扱い。

あまりに単純な表現なので、新倉真由美は自分好みの凝った表現に置き換える誘惑に駆られたのだろうか。しかし、これでは原文と訳文が同じことを言っているように見えない。

同じ文は別個所ではまだまともに訳されているのに

バリシニコフのこの言葉は、12章の最後でもう一度引用される。このときの新倉真由美訳は次のとおり。

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.215:
彼はカリスマ性と愚直なほどの純朴さを備えて地上に降りてきた人間で、近づきがたい神々の尊大さも持ち合わせていました。)

私なら「地上の人間のカリスマと単純さ」を「カリスマと単純さを備えて地上に下りてきた人間」とは言い換えない。しかし少なくとも新倉訳は後半は正しいし、前半もあれほどは原文から離れていない。そのまま訳すのではなく表現を工夫してみるにしても、このくらいが限度ではないだろうか。

更新履歴

2016/5/13
諸見出しを変更、最後の見出し下を加筆
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