最も深刻な断絶からの和解を振り返るプティ

『密なる時』P.79:
愛情に満ちた強い抱擁のほかに我々は何を待ち望んでいただろう。私たちはまったく違う性格をしていたが、時には非常に接近しお互いを受け入れていたはずだった。
プティ原本:
Qu'attendions-nous pour, après une affectueuse accolade, nous accepter une fois pour toutes avec nos caractères différents et pourtant quelquefois si proches ?
Telperion訳:
愛情のこもった抱擁の後、我々の異なる性格、それでいて時にはあれほど近い性格を持ちつつ、お互いを今度こそ受け入れることの何をためらっていたのか。

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」公演後に決裂したヌレエフと和解するに至ったことを振り返るプティ。

抱擁はプティの主な望みではない

原文の主要部分は"Qu'attendions-nous pour nous accepter ?"。その文字通りの意味は「お互いを受け入れるために我々は何を待っていたのか?」。この文脈での意味がいささか分かりにくいが、『プログレッシブ仏和辞典第2版』のattendreの項に、これに似た言い回しが載っていた。

Qu'est-ce que tu attends pour 不定詞 ?
(話し言葉) ~せずに何をぐずぐずしているんだい、さっさと~したまえ。

直訳は「(不定詞の動詞)するために君は何を待っているのか?」。疑問代名詞としてqueの代わりに"qu'est-ce que"を使っているし、主語や時制が違ってはいるが、プティの文の直訳にきわめて近い。和解を望んだことを書いた後に上の文を書いたプティも、「何でさっさと和解しなかったんだ」という意味を込めたと思われる。私の「何をためらっていたのか」はそれを踏まえた意訳。

骨格となる部分を修飾する部分

主要文を修飾する語句は3つに分けられる。

修飾句1
après une affectueuse accolade (愛情のこもった抱擁の後)
après(~の後に)を「~の他に」と訳すのはまず無理に思える。
修飾句2
une fois pour toutes (これを最後に)
仏和辞書でfoisを引くと載っているイディオムで、『プログレッシブ』には「一回限り、きっぱりと、これを最後に」とある。「今度お互いを受け入れたら、二度と拒絶なんかしない」というニュアンスだろう。
修飾句3
avec nos caractères différents et pourtant quelquefois si proches (我々の異なり、それでいて時にはあれほど近い性格を伴って)
文脈的に"nous accepter"(お互いを受け入れる)を修飾すると思う。将来したいことである「お互いを受け入れる」を新倉真由美は回顧と見なしたため、性格云々部分も回顧のように扱っている。
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