ヌレエフの一時帰郷の日程改変

1987年11月15日午前2時、ヌレエフはウーファに着き、空港で身内と会う。この後、母に会いに行くまでの部分を載せる。

『ヌレエフ』P.282:
ルドルフは母親の近況を尋ねた。
ラジダは彼を母親の住む一〇月大通りのアパートまで連れて行った。
Meyer-Stabley原本:
Le temps de gagner l'hôtel Rossia, Rudolf prend d'ultimes nouvelles de sa mère. À neuf heures, Razida vient chercher son frère et le mène jusqu'à l'appartement de leur mère, près de la perspective d'Octobre.
Telperion訳:
ホテル「ロシア」に着くまでの間に、ルドルフは最後となる母の近況を聞いた。9時にラジダが弟を迎えに来て、10月通りの近くにある母の住まいに連れて行った。

母との対面が済んだ後はこう続く。

『ヌレエフ』P.282:
翌日は子ども時代に散歩した懐かしいウーファで僅かな時を過ごしたが、終始煩わしいタス通信のカメラマンたちに囲まれていた。そして前日同様再びオペラ座を見てからゼントフ通りを抜け、モスクワで飛行機に乗りヨーロッパに向けて立った。
Meyer-Stabley原本:
Le temps pour Rudolf de se balader dans l'Oufa de son enfance, accompagné par un encombrant photographe de l'Agence Tass, de revoir l'Opéra de la ville et de repasser dans la rue Zentsov, il lui faut déjà reprendre l'avion pour Moscou et regagner l'Occident.
Telperion訳:
場所ふさぎなタス通信のカメラマンに同行され、ルドルフが子ども時代のウーファを散歩し、町のオペラ座を再訪し、ゼンツォフ通りに再び立ち寄る間に、もうモスクワ行きの飛行機に戻って西側に帰らなければならなかった。

ヌレエフはビザの制限のためにウーファに一泊しかできないことを念頭に置いて原文を読むと、ヌレエフの日程は「深夜にウーファ到着 → ホテルで宿泊 → 翌朝9時過ぎに母と再会 → ウーファ散策、オペラ座再訪」だと分かる。「オペラ座を再訪」(revoir l'Opéra)とは、数十年ぶりにオペラ座を訪れたことを指している。

しかし新倉真由美は実に大規模に原文に手を加えた。

  1. ウーファに着いたヌレエフが「ホテルに向かった」という記述を消す
  2. 母のもとに向かったのは「9時に迎えが来てから」だという記述を消す
  3. 母と会った後のウーファ散策に「翌日は」を付ける
  4. オペラ座の再訪に「前日同様」と付ける

このため、ヌレエフの日程は「深夜にウーファ到着 → すぐさま母と再会、オペラ座再訪 → 翌日ウーファ散策」に見える。ここまで原文無視や語句追加を重ねていると、私には意図的にしているとしか思えない。

新倉真由美の文の不自然な点

新倉真由美が創作した経路は、これはこれで理解可能。深夜に母のもとに押し掛けるのも、一刻も早く会いたいゆえと受け取ることができる。惜しいのは(?)「前日同様オペラ座を見て」。これが正しいためには、母に会った後で寝る前にオペラ座を見なければならない。しかし、真夜中に出向くほどヌレエフがウーファのオペラ座に愛着があるというのは、奇妙に思えた。

過失と思われること

あまりに大掛かりな改変に、小さなことを書くのが馬鹿らしくなるが、一応追記しておく。

  1. "le temps de ~(不定詞)"は「~する間」という語句。2番目の引用部分で"le temps de"に続く不定詞は、"se balader"(散歩する)、revoir(再訪する)、repasser(再び立ち寄る)の3つ。つまり、ウーファを散歩したのはオペラ座やゼンツォフ通りに行ったのと同様、子ども時代でなく1987年現在のこと。
  2. "pour Moscou"は「モスクワ行きの」。ヌレエフは行きにまずモスクワに到着し、そこで飛行機を乗り換えてウーファに行った。帰りもまずモスクワに向かったことを、Meyer-Stableyは几帳面に書いている。
  3. タス通信のカメラマンは原文では単数形(photographe)、つまり1人。

更新履歴

2012/11/14
「新倉真由美の文の不自然な点」部分を単独の段落として独立
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