新倉本が招くヌレエフの誤解(8) - 女性関係

  1. P.203 本性は変わらず、優雅なハーレムへと出かけて(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  2. P.248 女性たちは彼に抵抗できず足もとに身を投げ出して(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  3. (リー・ラジウィルは)ついに身を任せました
  4. P.152 彼に言い寄ってくる女性をなすがまま(「三日月クラシック」の原文比較5より)

この一覧はすでに記事「迫ったのはどちらか」に書いていますが、一応独立させました。

宿泊先に帰る→風俗に行く

第1項は、2年前に原文を読んだときよりは、新倉真由美訳が生まれた理由を理解できるようになりました。"dans la maison avec l'élégance d'une odalisque"(後宮の女奴隷の優雅さを持ち、家へ)を「後宮の女奴隷の優雅さを持つ家へ)と解釈したのですね。それでも、その解釈を通すために次の無理をしなければならないのは、その解釈に傷がある証拠と思います。

  • 単数形で書かれたodalisqueを女遊びの店にいる商売女にするために、「遊女たち」と複数形にして訳す
  • 原文直訳「劇場は彼を捨てなかった」を「(女狂いの)本性は変わらず」にする

なんだか、odalisqueからハーレムを連想した新倉真由美がその言葉を使うために、théâtre(劇場)の意味も、odalisqueが1人なのも、みな無視したように見えます。

その他の項

他の項はいずれも、代名詞を間違えたとか、使役文をまた間違えたとかいう小さなミス。しかしこんなに続くと、「わざと変えてないか?」という疑念が湧いてくるのも確かです。

なかでも、使役文が3つ連続するP.152。1番目が「言い寄ってくる女性をなすがままにし」、3番目を「世界で押しかけてくる人を自在に操り」になるなら、同じ構文の2番目は「目の前で震え上がる男性を思い通りにし」になるはず。なのに訳本では、2番目だけが正しく「目の前の男性たちを震え上がらせて」。2番目だけ正しく構文解析できるのに他の2つはできないのは、どうも不自然です。

本当は女性関係の噂は少ないヌレエフ

Meyer-Stableyは「ヌレエフとあの有名人が恋愛(肉体)関係に!」というゴシップが好きです。諸説飛び交い、真相は藪の中なフォンテーンについても断言しているくらいです。しかし『Noureev』で相手扱いされた男性は何人もいるのに、女性はわずかにフォンテーンとリー・ラジウィルのみ。他の伝記を読むと、ヌレエフの恋愛関係で取りざたされる人名はもっと増えますが、それでも女性が少ないのは変わらないようです。女性ファンへのセックス・アピールが強くても、それは自分の性的志向とは別ということですね。なのに新倉真由美のヌレエフはなぜこんなに女好きなのか、謎です。

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