主題はダンサーたちの反発心

『ヌレエフ』P.257:
ダンサーたちはますます苦境に陥っていくように見えた。彼らは体操選手でしかないことを不満に思い、シリル・アタナソフなどエトワールたちは最小限の役しかもらえず、海外でも活躍できないと嘆いていた。
Telperion訳:
ダンサーたちはますます辛辣になるようだった。彼らは体操選手でしかないと不満を訴えた。シリル・アタナソフなど、パリのちっぽけな役目のせいで国外で力の限り輝けないことを嘆くエトワールもいた。
原本『Noureev』:
Les danseurs semblent devenir de plus en plus amers. Ils se plaignent de ne plus être que des gymnastes. Certaines étoiles, comme Cyril Atanassof, regrettent, elles, que de minuscules rôles parisiens les empêchent de briller de tous leurs feux à l'étranger.

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエの監督になった初期の頃、ダンサーたちともめていたことについて。

最初に述べられるのはダンサーの逆境ではない

記事「必ずしも人格者でないエリック・ブルーン」でも書いたが、第1文のamerの意味は次の3つ。いずれも、自分が苦さを味わうのでなく、周囲に苦い思いを味わわせる性質を指している。

  1. 味などを形容する「苦い」
  2. 失望などの物事を形容する「つらい」
  3. 性格や意見などを形容する「辛辣な」

ダンサーたちは自己主張をする人間なので、それを形容するamerは3番目の「辛辣な」。

文句たらたらのダンサーたちをMeyer-Stableyがamerと呼んだのは、彼らを「ヌレエフに弾圧されて苦しむかわいそうなダンサーたち」でなく「遠慮なく首脳陣批判を繰り広げる反抗的なダンサーたち」だと思っているから。

なお、第2文の述語として使われる代名動詞"se plaindre"は、仏和辞書によると「不満を言う、訴える」など。単に不満に思うだけでなく、それを表明することを指す。第1文の「ダンサーたちは辛辣」と呼応している。

役割が小さいのはエトワールでなくパリ

一部のエトワールが嘆いた内容(関係詞queに続く"de minuscules rôles"から文末まで)は、直訳すると「パリのごく小さな役が、彼らが外国で彼らのすべての炎で輝くことを妨げる」。これがどういう意味なのかは私には断言できないが、「ごく小さな役」(de minuscules rôles)とは「パリの」(parisiens)ものだということに注意したい。

  • ヌレエフは監督就任前に「バレエ団が海外公演するのは稀です」(訳本P.250)と言っている。当時のパリ・オペラ座バレエの活動はフランス中心と思われる。
  • ヌレエフが監督になってから外部の振付家を多数招いたことは、監督としての主要な業績の1つ。つまり、ヌレエフが監督になる前、外部の振付家が呼ばれることは少なかった。
  • かといって、当時のパリ・オペラ座バレエに専任の名振付家がいたわけでもない。ローラン・プティやモーリス・ベジャールは自分のバレエ団を持ち、パリ・オペラ座バレエの監督就任を断っている。

要するに、当時のパリ・オペラ座バレエは外部に出ることも、外部と交流することも少なかった。このため、バレエの発展の潮流から遠ざかり、孤立していたふしがある。「パリのごく小さな役」が国外で活躍できない原因になるというのは、当時のパリがバレエ史的にあまり重要でなかった現状への苛立ちではないかと、私は想像している。

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