内部糾弾者に対する原著者の視線は冷たい

『ヌレエフ』P.279:
マスコミは話をいちいち増長したが、ヌレエフにはメディア的に名誉を回復して応戦する時間も意欲もなかった。彼は言い放った。
「私はパリでは愛されていないのです」
Telperion訳:
もちろん、マスコミはこのような背信行為のすべてを反響させる役目を果たしたが、ヌレエフにはメディア面で再興して応酬する時間も意欲もなかった。彼はかろうじて漏らした。「私はパリでは好かれていないのです」
原本『Noureev』:
Bien entendu, la presse se fait l'écho de toutes ces perfidies, mais Noureev n'a ni le temps ni l'envie de redore son blason médiatique et de répliquer. À peine lâche-t-il : « À Paris on ne m'aime pas. »

1987年以降、パリ・オペラ座バレエのダンサーたちが監督ヌレエフを糾弾することが多くなったことについて。

ヌレエフが発言する様子は弱々しい

  • ヌレエフの発言にMeyer-Stableyは"À peine"(かろうじて)と付けている。その前の「応酬する時間も意欲もない」と同様、この「かろうじて」も、ヌレエフが不満を口にすることがごくわずかだったことを示している。
  • 新倉真由美が「言い放つ」としたlâcherの意味として仏和辞書で最初に載っているのは「緩める、放す」だが、「(不用意に)漏らす、発する」という意味もある。本音がぽろっと出るというイメージの言葉らしい。

ここでMeyer-Stableyが描くのは、記事「自重を強いられたヌレエフ」と同じく、内部批判に応戦しきれず、言われっぱなしに近かったヌレエフ。しかし新倉真由美の「言い放った」からは、あくまでも放言をやめない憎まれっ子ヌレエフしか見えない。

内部糾弾者を非難する言葉が消された

Meyer-Stableyがヌレエフに若干の同情を込めている一方、内部糾弾者たちに対して冷たいのは、ダンサーたちによるヌレエフ糾弾をperfidie(裏切り、不実な行為)と呼ぶことからうかがえる。「話」などという中立的な言葉ではない。

なお、同じ文で書かれたマスコミの行為である"se faire l'écho"は、「こだまになる」とか「こだまの役目を果たす」とかいう意味。ダンサーたちの発言をそのまま報道している感じで、大げさにするという意味合いはもしかしたらないかも知れない。もっとも、そうだとしても、「裏切り」と「話」の差に比べれば、「こだま」と「増長」の差はないに等しいが。

他の場所でも消された内部糾弾者への辛口の言葉

Meyer-Stableyが内部批判者への非難めいた言葉を使うのは、ここだけではない。

『ヌレエフ』P.279:
もうひとつの不平不満
Meyer-Stabley原本:
Autre complainte perfide
Telperion訳:
もう一つの不実な嘆きの歌
『ヌレエフ』P.279:
Meyer-Stabley原本:
Certains jaloux
Telperion訳:
妬み深い者

1番目の部分は、外部出演の許可に関する不満。2番めの部分は、ヌレエフがディナー出席を強要したとか言った人間のこと。complainte(哀歌)が「不平不満」になっているのは、英語complaintからの連想によるミスだろう。

perfide(裏切りの、不実な)、jaloux(嫉妬深い)、さらには上のperfidie(裏切り)を新倉真由美がいちいち消した結果、ヌレエフ批判がMeyer-Stableyの描写より正当なものに見える。ちりも積もれば山となるとはこのことだと思う。

更新履歴

2016/5/5
見出し変更
関連記事

コメント

非公開コメント