伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

スター・ダンサーではなく運命の星

『ヌレエフ』P.245:
ヌレエフは世界で最も美しいバレエ団の芸術監督という特権的な肩書にアプローチしようとした。そのバレエ団のプリマバレリーナはもはや輝きを放っていなかったが。しかし彼は落とされた。
Meyer-Stabley原本:
Noureev pense enfin accéder au titre suprême, directeur artistique de la plus belle compagnie de danse au monde, sa bonne étoile ne brille plus aussi intensément. Il est recalé.
Telperion訳:
ついにヌレエフは世界で最も美しいバレエ団の芸術監督という至高の称号を手にすることを考えた。彼の幸運の星はもう同じくらい強く輝きはしなかった。彼は落とされた。

1970年代にヌレエフがロイヤル・バレエの芸術監督になるという話がもちあがったことについて。この時期はフォンテーンの引退とも重なっていた。

原本でétoileは、一般のスター・ダンサー、またはパリ・オペラ座バレエの最高階級のダンサーを指す言葉として、何度となく使われている。しかし仏和辞書でétoileを引くと、「運勢の星、運命」という意味もあり、「être né sous une bonne [mauvaise] étoile 幸運[不運]の星の下に生まれる」という用例まである。引用部分の"sa bonne étoile"は文字通りには「彼(それ)の良い星」だが、ヌレエフの運勢の強さを指すのだろう。「同じくらい強く(aussi intensément)」という言葉で比較している対象がロイヤル・バレエか、それともかつてのヌレエフの幸運の星かは、私には判別できないが。

新倉真由美は"sa bonne étoile"がプリマ・バレリーナ、恐らくはフォンテーンを指すと考えているらしい。しかし、以下の理由から、私はその考えに賛成しない。

  1. 「ヌレエフはロイヤル・バレエの監督になることを考えた」と「彼は落とされた」の間に「そのスター・ダンサーはもう同じくらい強くは輝かなかった」が割り込むのは、なんとも唐突で脈絡がない。新倉真由美は「輝きを放っていなかった」の後に「が」を追加したり、「彼は落とされた」の前に「しかし」を追加したりして、自然なつながりに見せようとしているが、これらに対応する言葉は原文にない。
  2. Meyer-Stableyはフォンテーンの引退に触れるとき、「少しずつキャスティングから離れていくように見えた」「最後になる“ロミオとジュリエット”」(『ヌレエフ』P.218)「最後の“マルグリットとアルマン”の公演」(同書P.200)というマイルドな書き方をしている。なのにここで必要もなく、「同じくらい強くは輝かなかった」という、フォンテーンの衰えを強調する表現を使うとは信じられない。新倉真由美が「同じくらい強く」を省いたせいで、訳文はとてもきつく、なおさら異様。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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