ヌレエフをしのぶ人々

『密なる時』P.99-100には、ヌレエフをしのぶ人々として数々のファーストネームが挙げられます。そのうち、以下の人たちは同書の他の場所でも書かれるので、ヌレエフとつながりがあるのは分かります。

  • ドウース(・フランソワ)
  • ローラン(・プティ)
  • ジジ(・ジャンメール)
  • イゴール(・アイスナー)
  • マリー=エレーヌ(・ド・ロスチャイルド)
  • ジェーン(・ハーマン)

このうちドゥース・フランソワ、イゴール・アイスナー、マリー=エレーヌ・ド・ロスチャイルドについては、『ヌレエフ』に『密なる時』より少し詳しい説明があります。しかし、『密なる時』でここにしか出ないファーストネームもあります。その人たちが誰かを知るには、新倉真由美が参照したことを『密なる時』P.83で明記しているMeyer-Stabley著『Noureev』がかなり役立ちますが、その訳本『ヌレエフ』を読んでも全員は分かりません。自分で調べるには海外のヌレエフの伝記を読んだり、フランスのバレエ業界に馴染んだりする必要があり、とても高いハードルです。

もし私がバレエやヌレエフの予備知識をあまり持たずに『密なる時』を読むとしたら、名前に注が付いていれば心底ありがたいことでしょう。そこで今回は、残りの人たちの説明を載せてみます。

ルネ(René)
フランスのバレエ批評家ルネ・シルヴァン(René Sirvin)。
  • 1989年にヌレエフがミュージカル「王様と私」に出演するためにパリを離れたためにパリ・オペラ座のピエール・ベルジェとの対立が激しくなったとき、渡米してミュージカルを観劇(『ヌレエフ』P.287-288)
  • 今はない自身のサイトimagedanse.comでヌレエフの1992年「ラ・バヤデール」を称賛(『ヌレエフ』P.308)
  • 1961年にパリでデビューしたヌレエフの評「キーロフは宇宙飛行士を発見した」が『ヌレエフ』P.85に引用されていますが、これはシルヴァンの言葉(Julie Kavanagh著『Nureyev: The Life』ペーパーバックP.116)
ピエール(Pierre)
恐らくダンサー、振付家であるピエール・ラコット。亡命前のヌレエフがパリで親しくした人物の1人であり、亡命の場にも居合わせました(『ヌレエフ』第5章)。

ピエール・ベルジェも亡命直後からヌレエフと交友がありますが、パリ・オペラ座を統率する地位になってバレエ団監督のヌレエフと対立したことが、ヌレエフの監督辞任につながっているため、ヌレエフをしのぶ人として挙げるのはラコットほどしっくりきません。

ワラス(Wallace Pott)
ヌレエフと一時恋愛関係にあり、終生の友人となったウォレス・ポッツ(Wallace Potts)。プティはPottとスペルミスしています。『Noureev』では1度だけWallace Pottsと呼び、後は愛称を用いたWall Pottsと呼んでいます。訳本『ヌレエフ』(P.184-185)では呼び名をウォール・ポッツに統一しているので、『密なる時』で姓を省かれたワラスと同一人物に見えません。
フグー(Hugues)
『密なる時』によると、ヌレエフがバレエ界に残した遺産を管理する人物。『Noureev』に名前はありませんが、この描写に合うのは1995年から2004年までのパリ・オペラ座総裁ユーグ・ガル(Hugues Gall)でしょう。オペラ座公式サイトでシーズン別のプログラムを参照できますが、ガルの着任後はヌレエフの全幕作品が次々に上演されており、「ラ・バヤデール」と「ロミオとジュリエット」だけだったその前とは大きく様がわりしたことが分かります。

任期中に発売されたパリ・オペラ座バレエの映像のエンドクレジットを見れば、総裁としてユーグ・ガルの名は載っているはず。少し前のパリ・オペラ座バレエに興味がある人には、そう耳慣れない名ではないのでは?

ヴィットリア(Vittoria)
『Noureev』巻末の参考文献一覧に、ヴィットリア・オットレンギ(Vittoria Ottolenghi)著、『Rudolf Nureyev : Confessioni』(ローマ、Editoriale Pantheon刊、1995年)があります。オットレンギはイタリアの批評家。Julie Kavanagh著の『Nureyev: The Life』にもちらっと名が出ます。『密なる時』での「ローマで炎を燃やし続け」という描写に合いそうです。
モード・ゴスリング(Maude Gosling)
ヌレエフの友人として『ヌレエフ』P.196、248に名が出ています。夫ナイジェル・ゴスリングとともにAlexander Blandの名でバレエ批評を書いていました。ヌレエフ財団が認めた伝記作者にのみヌレエフについて語るという契約を交わしたそうで、その伝記作者であるJulie Kavanagh著の『Nureyev: The Life』にはモードの証言が大量に引用されています。
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