コンドームの役目は避妊に限らない

『ヌレエフとの密なる時』P.86:
「ニューヨークで過ごした最後の月に、僕はある人と恋に落ちたんだ。僕は避妊に気をつかいあらゆることに留意していたつもりだったんだけど、ある時、突然避妊具がなくなっていることに気づき、とても慌ててしまった。僕はパリにいる主治医にすぐ電話をし、帰国して2人で検査を受けたけど、幸い何ごともなくてほっとしたよ」
Telperion訳:
先月ニューヨークで愛し合った。ゴムを付け、何もかも手の内にあり、突然コンドームをなくしていたことに気づいた。とんだ災難だ(英語)。パリの主治医に電話して(フランス語)、帰ってから私たちは検査した…何もなかったよ(英語)。
原本『Temps Liés avec Noureev』:
Last month in New York I made love with someone. I have put the plastic, everything was under control and suddenly I realized that I had lost the condome, catastrophe. J'ai téléphoné à mon docteur à Paris and when I was back home we did the test... Nothing*.
* Le mois dernier à New York j'ai fait l'amour. J'avais mis mon préservatif, tout allait bien, et tout d'un coup je me suis rendu compte que la capote était partie, catastrophe. J'ai téléphoné à mon docteur à Paris et quand je suis rentré nous avons fait le test... Rien.

新倉真由美の「僕は避妊に気をつかい」に対応する原文は"I have put the plastic"。単にコンドームを使用したというだけであり、避妊に触れてはいない。現にヌレエフの相手は圧倒的に男性が多いのだから、避妊を考える機会はごく少なかったろう。それにパリで検査したのは「私たち」(we)。避妊が問題なら、ヌレエフが検査をする必要はない。(2013/9/3: weとはヌレエフと医師かも知れないので、この文を打消)

避妊以外のコンドームの目的といえば、病気の伝染防止。ローラン・プティは「ヌレエフがこの話をしたとき、エイズになって5~6年だったと言わなかった」と続けている。ヌレエフがHIV陽性になって5~6年後とは、1980年半ば。これはエイズの知名度が急上昇した時期でもある。プティは聞いたとき「エイズが怖かったのだろう」と思ったはず。

新倉真由美が避妊という言葉を使ったのは、コンドームと書くのを避けるためなのかも知れない。しかし、この話ではヌレエフがエイズのことを強くほのめかしており、だからこそプティは「この話をしたときすでにエイズだと言わなかった」と書いている。避妊を主題にすることは、エイズの影を薄くするので、望ましくないと思う。

もう一つの遠まわしな表現

ヌレエフが言う"make love"は、1日に3回やったと自称したり(『ヌレエフとの密なる時』P.32、新倉真由美訳は「メイクラブをした」)、茂みでやったりする行為(『ヌレエフとの密なる時』P.45、新倉真由美訳は「愛し合った」)なので、恋に落ちたこと自体でなく、その結果として行われる行為のこと。実際、英和辞書で"make love"を引いても、仏和辞書で"faire l'amour"を引いても、そういう意味が載っている。他2ヵ所の訳から考えて、新倉真由美はそれを分かっていると思うが、ここでは他2ヵ所より遠まわしな言い方なのが目を引いたので、取り上げてみた。

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