伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの室内装飾に対する態度

『密なる時』P.47:
でも実際、彼は死の直前まであらゆる装飾品に囲まれていた。彼が好んでいた時代物の家具、古いビロードでできた壁紙、スペイン・コルドバの皮製タペストリー、絵画や彫刻の数々、それらのすべては著名な装飾家たちが徐々に彼の周囲に整えていったものだったのだ。しかし彼がそれを楽しめる時間はごくわずかだった。ソファーの上で物憂げなパシャ(注1)のポーズをとる姿に来客たちは驚き、アラーの神にかしずくイスラム教の人々のように彼の前で跪くのだった。
プティ原本:
En réalité pour lui tout était un décor et, jusqu'à la fin de sa vie, les meubles haute époque, ceux qu'il préférait, les tentures de velours anciens, les tapisseries en cuir de Cordoue, les tableaux et les objets d'art, tout cela que de grands décorateurs organisèrent plus tard autour de lui ne l'amusait qu'un moment, le temps de prendre sur un canapé une pose de pacha alangui, à la stupeur de ses visiteurs qui se seraient agenouillés devant lui comme les musulmans devant Allah.
Telperion訳:
実際には、彼にとってすべては舞台装置であり、人生が終わるまで、好んだ古い時代の家具、古いビロードの壁掛け、コルドバの革のタペストリー、絵や美術品、どれも一流のインテリア・デザイナーたちが後に彼の周りに並べたものであるこれらの品々を彼が楽しんだのはほんの一瞬であり、ソファの上で生気のないパシャの姿勢を取る時間のことだった。アラーの前のイスラム教徒のごとく彼の前にひざまずいたであろう客たちは、そのことに仰天させられた。

パシャのポーズを取る時間

第1文は"En réalité pour lui tout était un décor"であり、その後にet(そして)を挟んで、文末までの長い文"jusqu'à (中略) Allah."が続く。第2文の主語は"les meubles haute époque, (中略) autour de lui"で、ヌレエフが所有する室内装飾品の列挙。述語と目的語は"ne l'amusait qu'un moment,"(彼を一瞬しか楽しませなかった)。

"le temps de prendre sur un canapé une pose de pacha alangui"(ソファの上で生気を失ったパシャのポーズを取る時間)は名詞句であり、文ではない。これは直前の"un moment"(一瞬)の言い換え。ヌレエフがぜいたくな品々にたちまち飽きてしまうことを、プティが想像したパシャの倦怠になぞらえている。ヌレエフが実際にパシャのポーズを取ったわけではないだろう。そもそも、はたから見ていてパシャのポーズだと分かる具体的な身体的姿勢が思い当たらない。

客たちの反応

「パシャのポーズを取る時間」に続く"à la stupeur de ses visiteurs"(彼の訪問客たちが驚いたことに)は、その前の文全体を修飾する。つまり、客たちが驚いたのは、ヌレエフが豪華な調度品に囲まれながら興味のなさそうな態度だったから。

"ses visiteurs"(彼の訪問客たち)を修飾する関係節"qui se seraient agenouillés devant lui comme les musulmans devant Allah"(アラーの前のイスラム教徒のごとく彼の前にひざまずいたであろう)の述語の時制は条件法過去。条件法が表すものは、緩和した語調、確実でないこと、事実と異なる仮定などさまざまだが、いずれにしても事実を断定するための時制ではない。この場合は、ヌレエフの崇拝者たちの熱狂ぶりを表現するためにプティが適当に想像した比喩だろうと私は思う。筆者は違うが、フォンテーンが本心を明かさないことを「オレンジ色や藤色を傷つけるのを恐れ、ピンクがお気に入りの色だと明かさない」とたとえた文が条件法現在だったのと同じことに見える。

彼にとってすべてがdécor

第1文"En réalité pour lui tout était un décor"は「実際には彼にとってすべてがdécorだった」という、décorの解釈以外はごく単純な文。バレエ関係者にとってdécorと言えば舞台装置だろうから、私はそう訳しておいた。この第1文は「どんな豪華な装飾品も彼は少しの間しか楽しめなかった」という第2文とet(そして)でつながれているので、第2文と同様の意味と思われる。だからdécorは「背景、それ自体を鑑賞するためのものではない」という意味合いで使われているというのが私の意見。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム