伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

FBIの捜査があったという証拠

『ヌレエフ』P.228:
情報の出所は不確かだったが、彼らが調査作成した一六〇ページに及ぶレポートは、詳細にわたり事実の信ぴょう性を保証している。
Meyer-Stabley原本:
L'information peut paraître surréaliste, mais les cent soixante pages d'un rapport que l'on peut désormais consulter attestent de l'authenticité de l'anecdote.
Telperion訳:
この情報は現実離れしているように見えるかも知れないが、今後閲覧可能な160ページの報告書が、この逸話が真実であることを証明している。

ヌレエフがFBIの調査対象になったというエピソードについて。

新倉真由美訳の問題点

1. 情報の出所は不確かだった?

surréalisteは「超現実的な、シュールレアリスムの」。続いて「しかし事実の信ぴょう性を保証する文書がある」と書かれることから考えて、ここでのsurréalisteは「現実味がない」という意味と思われる。

なお、Meyer-Stableyに「surréalisteに見えるかもしれない」と呼ばれたものは、文の主語であるl'information(情報)。直前に書かれた、ヌレエフがFBIに監視されたことがあるという情報のことだろう。「出所」に当たる語句は原文に見当たらない。

2. 彼らが調査作成した?

レポート(un rapport)を修飾する関係詞"que l'on peut désormais consulter"は「人々(on)が今後参照できる」。FBIの人間なら内部資料をいつでも参照できるはずなので、今後参照できるという人々は部外者を指すと思われる。アメリカでは文書公開制度が進んでいるので、秘密にすべき期間を過ぎた内部文書が公開されたのだろう。

onをFBIの人間と勘違いするなら分からなくもないが、「今後閲覧できる」(peut désormais consulter)が「調査作成した」となる経緯は想像できない。

新倉真由美の文の不自然な点

FBIがヌレエフを捜査したという情報の根拠は、FBIの報告書。FBIがヌレエフに職業上の関心を持つきっかけになった情報の出所は、カリフォルニアのホテルで発見された怪しいメモ。どちらの根拠も明快に書かれている。では出所が不確かな情報とは何を指すのだろうか?

FBIの公開文書

「FBIのことなんてDiane SolwayもJulie Kavanaghも書いてなかったけど、ほんとかな」とものすごく疑いながらgoogleで「Nureyev FBI」を検索したら、先頭にFBIの書類公開サイトのページが出た(このページは英語wikipediaのRudolf Nureyevのページからもリンクされている)。このページから読める文書は2つ。ページ数のわりに字数は少ないとはいえ、これを読むのにまで手は回らない。しかし、part 1の先頭にカリフォルニアのホテルで見つかった怪しいメモのことが書かれているのは確認した。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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