伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフ亡命の説明に見られる間違い

『密なる時』P.13-14:
いくつかの新聞で、シャンゼリゼ劇場での公演のためフランスに滞在していたレニングラード出身の若き天才バレエダンサーが、フランスに政治的保護を求めたことを知った。それはキーロフを冬の本拠地としているバレエ団が、帰国の途につくために到着したブルジェ空港で搭乗しようとした時の出来事だった。
プティ原本:
j'apprenais par les journaux qu'un jeune danseur prodige du ballet de Leningrad, en représentation au théâtre des Champs-Elysées, venait de demander l'asile politique à la France lors de l'embarquement au Bourget du ballet du Kirov qui regagnait ses quartiers d'hiver.
Telperion訳:
シャンゼリゼ劇場で上演していたレニングラードのバレエ団の若き天才ダンサーがたった今フランスに政治的保護を申請したということを新聞から知った。冬季宿営地に戻るキーロフ・バレエがブルジェで搭乗中のことだ。

プティがヌレエフの亡命を知ったことを語るこの文には、他の資料による説明と違う点がいろいろあり、原文を読んでも不可解さは残る。プティが読んだ新聞が不正確だったのかも知れないし、プティが自分の記憶を頼りに書いていて、裏付けを取っていないのかも知れない。だからこの記事は、新倉訳の見過ごせない問題を明らかにするというより、私が感じた「この不正確さは誰の責任?」という疑問への答えをメモするという気分で書いている。

新倉真由美に原因がありそうな問題

レニングラード出身

ヌレエフは17歳でワガノワ・アカデミーに入学試験を受けに行くまで、レニングラードに行ったこともなかった。レニングラード出身とは呼べないだろう。

"de Leningrad"(レニングラードの)の直前にあるのは"du ballet"(バレエ団の)。「レニングラードのバレエ団」なら文法的にも正しいし、現実とも合う。

帰国の途につく

キーロフ・バレエはロンドンに向かうところであり、帰国の途につくのは明らかに事実でない。

このあたりの原文を見てみる。

新倉本:
キーロフを冬の本拠地としているバレエ団が、帰国の途につくために到着した
プティ原本:
du ballet du Kirov qui regagnait ses quartiers d'hiver
Telperion訳:
冬季宿営地に戻るキーロフのバレエ団が

原文では冬季宿営地(ses quartiers d'hiver)には何の説明もない。新倉真由美は「冬の本拠地とはキーロフ劇場のことだ」と推測したらしいが、そのせいで間違った文になっては意味がない。

プティに原因がありそうな問題

冬の本拠地

"quartiers d'hiver"(冬季宿営地、冬営期間)は仏和辞書のquartierの項にある用語で、どうしても「冬にいる場所」と解釈せざるを得ない。そして先ほど書いたとおり、「冬季宿営地に戻る」とはロンドンに向かうこと。

『ヌレエフ』や他の伝記を読む限り、当時はキーロフ・バレエの西側行き自体が一大イベントだったように見えるので、ロンドン行きを「冬季宿営地に戻る」と呼ぶのはどうにも解せない。後でキーロフ・バレエは冬のロンドンに定期的に行くようになったのか?それでも、1961年当時のロンドンが冬季宿営地とは思えない。

シャンゼリゼ劇場

『ヌレエフ』ではキーロフ・バレエのパリ公演会場としてガルニエ宮とパレ・デ・スポールしか挙がっていない(P.78)。ヌレエフ財団サイトのヌレエフが演じた作品リストでも同じ。実際、パリ・オペラ座バレエの本拠地ガルニエ宮と大会場パレ・デ・スポールだけで、ツアー会場には十分に思える。

更新履歴

2014/9/23
どこが事実でないかを分かりやすくする
2017/8/3
ヌレエフ財団のリンクを更新

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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