伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

自作「トゥーランガリラ」に対するプティの自負

『密なる時』P.40:
これは現代的な振り付けを加えて改作されていたが、私はこの傑作をさらにつくり直したいと考え、それはシェーンブルク(原文ママ)作曲の『ペレアスとメリザンド』(注1)という新しい作品となり、コヴェントガーデン劇場でロイヤルバレエ団によって上演された。
プティ原本:
Je voulais recréer cet exploit, qui avait renouvelé l'approche de la chorégraphie contemporaine, avec le Royal Ballet sur la scène de Covent Garden pour ma nouvelle création, Pelléas et Mélisande de Schoenberg.
Telperion訳:
私はシェーンベルクの「ぺレアスとメリザンド」という新作のために、コヴェント・ガーデンの舞台でロイヤル・バレエとともに、コンテンポラリーの振付のアプローチを革新したこの快挙を再現したかった。

少し前に作った「トゥーランガリラ」を思い出しつつ、フォンテーンとヌレエフに提供する新作「ペレアスとメリザンド」に取り掛かるプティ。

「トゥーランガリラ」は同時代の振付を上回るという宣言

この文でプティは「トゥーランガリラ」をこう呼んでいる。

cet exploit qui avait renouvelé l'approche de la chorégraphie contemporaine (コンテンポラリーの振付のアプローチを革新したこの快挙)

関係詞の述語"avait renouvelé"(革新した)の時制が能動態だということに注意してほしい。「トゥーランガリラ」は現代の振付によって新しくなったのではない、「トゥーランガリラ」が現代の振付を新しくしたのだ。この言葉はプティの自賛。

この文は「ペレアスとメリザンド」の失敗を語る前置き

これから書くことは、私自身の訳文でも十分に解決できている気がしないので、上の問題がなければわざわざ書かなかったろう。しかしせっかく同じ文についての記事を書くので、触れておきたい。

ここで取り上げた文の後、フォンテーンを含めてロイヤル・バレエのダンサーたちがプティの振付を踊りたがらず、プティにとって不満な出来に終わったことが書かれる。「トゥーランガリラ」を再び創造したかった(voulais recréer)というプティの願いは実現しなかった。

上の新倉真由美の文の後にプティの挫折が続くということを念頭に置くと、新倉真由美の文には2つの読みにくさがある。

  • 「それ(プティの考え)は(中略)新しい作品となり」という言い方だと、「ペレアスとメリザンド」がプティの願いどおりに完成したように見える。なのに「作品は私にも観客にも楽しめる出来ではなかった」という内容の文が続くのは不自然。
  • 「上演された」の後で稽古の様子が書かれる。時間的順序が逆になり、続けて読むと戸惑う。

上に載せた私の訳は、この2つの問題を解消することを重視している。しかしこの訳には別な読みにくさがある。

  • 原文では「この快挙」が最初のほうにあるので、その前で書かれた「トゥーランガリラ」のことだとすぐ分かる。でも私の文では「この快挙」が文の最後のほうに来るため、これが「トゥーランガリラ」を指すと分かりにくい。

新倉真由美の文は、恐らく「トゥーランガリラ」の説明を「ペレアスとメリザンド」の説明より前にするための苦肉の策。そう思うと、単純に不適切とは呼べない。

おまけ - 「ペレアスとメリザンド」の不評を語る資料

プティが不満げなのは謙遜ではない。実際に「ペレアスとメリザンド」は観客にも不評だった。

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)ペーパーバックP.352
初日を観たセシル・ビートンの感想"pretentious and tiresome ... ugly acrobatics"が引用されている。Solwayに言わせると、これは大多数の代弁だった。
『フォンティーンとヌレーエフ 愛の名場面集』(アレクサンダー・ブランド著、ケイコ・キーン訳、文化出版局)
二人が共演した全作品とその反響を取り上げているが、ここでも『ペレアスとメリザンド』は散々。手元に本がないのでうろ覚えだが、「この作品は今アメリカに行っているが、二度と(イギリスに)戻らないことを願う」という引用まであった。
プティの公式サイト
「ぺレアスとメリザンド」の上演はPeu(わずか)とある。

更新履歴

2014/9/25
「ペレアスとメリザンド」の反響を最後に移すなど、文の順序を大幅に入れ替え

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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