フォンテーンを見舞わなかったプティ

『密なる時』P.90:
すべてが終わってしまった今となっては、白髪になっても変わることなく美しかった偉大な女性を訪ねた時の胸の熱くなるような思い出を、私自身も大切にしておきたいと思っているよ。その時の私は君ほどの強い思いがなかったので、飛行機に飛び乗ってパナマを後にして帰国の途についた。でもマーゴとの最後の思い出は、いつも心の中で私にぴったりと寄り添っているよ。
プティ原本:
Aujourd'hui que tout est fini, je pense que j'aurais aimé garder un souvenir chaleureux de la visite que j'aurais pu faire moi aussi à la grande dame aux cheveux blancs qui était toujours si belle. J'aurais dû sauter dans un de ces avions que je n'aime pas plus que toi et revenir de Panama avec un dernier souvenir de Margot à garder tout près de moi, sur mon cœur.
Telperion訳:
すべてが終わった今日、私は考える。いつもあれほど美しかった白い髪の偉大な女性のもとに、私にもできたであろう訪問を行い、その真心こもった思い出を持ち続けたかったのに。君に劣らず好きでないこの飛行機の一機に飛び乗り、パナマから戻るべきだったのに。私の身近に胸のつまる思いですべて残り続けるはずの、マーゴの最後の思い出をたずさえて。

現実には起こらなかった動作を指す条件法

原文には、時制が条件法過去である動詞が3つも出る。

1. aurais aimé
動詞の原形はaimer(~するのが好きである)
2. aurais pu
動詞の原形はpouvoir(~できる)
3. aurais dû
動詞の原形はdevoir(~するべきである)

条件法過去が示すものとしては、次のようなものがある。

  1. 過去の事実に反する仮定
  2. 過去に関する推測
  3. 過去から見た未来の出来事

1番目の用法は特に頻度が高い。なかでもdevoirの条件法過去は、仏和辞書に「~すべきだった(のに実際にはしなかった)」という意味が載っているほどメジャー。それに他の用法はこの文脈に合うようには見えない。

プティがフォンテーンを訪問するのも、病床のフォンテーンがいるパナマから飛行機で戻るのも、思い出を大事に持ち続けるのも、現実に起こったことではない。プティはヌレエフと異なりフォンテーンを訪問しなかったことへの悔恨をこめ、現実には存在しない大事な思い出を語っている。

別の場所にもある悔恨を込めた条件法過去

ちなみに、『ヌレエフ』P.158でヌレエフがフォンテーンについて語った「私は彼女と結婚すべきだったのかもしれない」は、『密なる時』が出典。原文はこの本のヌレエフの言葉としてはまれなフランス語 « J'aurais dû l'épouser »。やはりdevoirの条件法過去が使われている。

ヌレエフとプティの飛行機嫌い

"ces avions"(これらの飛行機)は続きの関係節"que je n'aime pas plus que toi"(私は君より好きではない)の文の目的語となっている。つまり、「私(プティ)はこれらの飛行機を君(ヌレエフ)より好きではない」。

『密なる時』P.85-86で飛行機の離陸に震え上がるヌレエフが書かれているとおり、ヌレエフは(旅行しまくったくせに)飛行機恐怖症だった。そのヌレエフより好きでない、というわけでプティも飛行機は嫌いだったらしい。

更新履歴

2014/6/19
小見出しと箇条書きを導入
関連記事

コメント

非公開コメント