伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

プティが憶測したヌレエフの意図 - 挑発

『密なる時』P.72:
たぶん彼は私を挑発しようとしていたのであり、珍しくバーについて動き、しまいには彼の卓越した技量を誇示してみせたことがあった。
プティ原本:
peut-être avait-il l'intention de me provoquer et cela pour une fois encore jouer au bras de fer et prouver finalement sa supériorité.
Telperion訳:
多分彼には、私を挑発する意図、そしてもう一度腕相撲をして最後に自分のほうが優れていることを証明しようとする意図があった。
1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演で、ヌレエフの練習態度がひどい原因をいろいろ思い巡らすプティ。

bras(腕)とbarre(バー)

ヌレエフが前夜どれほど遊んでもバーレッスンを欠かさないことは、この本のプティも『Noureev』のMeyer-Stableyも書いている。「珍しくバーについて動き」は、ヌレエフについての記述としてはかなり異様。

原文を読むと、barreという文字はなく、代わりに"bras de fer"(腕相撲)がある。恐らく新倉真由美はbrasをbarreと見間違えたのだと思う。

プティが憶測したヌレエフの意図は3つ

"peut-être avait-il"(多分彼が持っていた)の目的語として、プティがまず挙げたのは"l'intention de me provoquer"(私を挑発する意図)。さらにプティは"cela pour ~(不定詞)"という表現で、ヌレエフの意図を他にも推測する。celaは前にある名詞"l'intention"(意図)を言い換えた代名詞。プティが挙げた不定詞は2つある。

  1. une fois encore jouer au bras de fer (もう一度腕相撲をする)
  2. prouver finalement sa supériorité (彼の優越性を最後に証明する)

ヌレエフが自分の優越性を示すというのは、あくまでもヌレエフの意図としてプティが考えたこと。ヌレエフが実際にして見せた確定事項ではない。

もう一つの解釈

私は上で前置詞pourがcelaと不定詞をつなぐ役目を持つと見なしたが、pourがイディオム"pour une fois"(一度だけ)の一部という可能性もある。その場合、「もう一度腕相撲をする」は「再び一度だけ腕相撲をする」になる。しかし恐らくそうではないと思う。

  1. 「一度だけ」(pour une fois)の後に「再び」(encore)が付くのは意味不明。
  2. pourがイディオムの一部だとすると、名詞celaに不定詞が前置詞抜きで直接つながることになる。でも私が今までフランス語を読んだ限り、そういうつながり方はかなり異例に思える。
  3. ヌレエフが力比べをするのが一度限りのわけがないのは、『密なる時』の前の方を読むだけでも分かる。

更新履歴

2014/6/21
採用しなかった解釈について「もう一つの解釈」で独立させる

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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