バランシンへの賛辞にプティがうんざりしなくなった日

『密なる時』P.87:
彼のB氏への熱狂的な賛辞は私をうんざりさせていた。彼は、ある時まではB氏にはっきりした好意を抱いていたが、私の創造する芸術世界の楽園へ再び戻ろうとしていた。
プティ原本:
Il me cassait vraiment les pieds avec ses dithyrambes jusqu'au jour où celui pour lequel il éprouvait un goût prononcé s'en est allé rejoindre Terpsichore au paradis.
Telperion訳:
彼は熱狂的な賛辞で私を心底うるさく思わせていた。しかしそれも、彼が際立った好みを感じていた人が、天国のテルプシコーレに再会するために去った日までのことだった。

ロシア系アメリカ人の著名な振付家B氏(訳本より)にヌレエフが傾倒していたことを述べた後に続く文。「B氏」は原本では"Mister B"。

ある時終わったのはB氏への好意ではない

原文は大ざっぱに2つに分けられる。

文頭からjourまで
主文。意味は「その日まで彼は熱狂的な賛辞で私を心底うるさがらせていた」
その次のoùから文末まで
jour(日)を修飾する関係節。

「その日」まで続いていたのは、「ヌレエフがB氏への賛辞でプティをうるさがらせていた」。つまり、その日以降は次のどちらかの状態になった。

  1. ヌレエフが別人への賛辞をプティに聞かせなくなった
  2. プティが賛辞を聞いてもうるさく思わなくなった

新倉真由美の「ある時まではB氏にはっきりした好意を抱いていた」では、その時を境にB氏への好意がなくなったように聞こえるが、そうではない。

楽園に行ったのはヌレエフでなくB氏

「その日」何が起こったのか。それは文の2番目の部分である関係節に書いてある。関係節の文を主語と述部に分ける。

主語
celui pour lequel il éprouvait un goût prononcé
(彼が際立った好みを感じていた相手である人)
引用文の前にある記述から、B氏だと分かる。
述部
s'en est allé rejoindre Terpsichore au paradis
(楽園にいるテルプシコーレに再会しに行った)
"s'en aller ~(動詞の不定詞)"は「~しに行く」「これから~する」という意味だが、ここでは時制が直説法複合過去だから、過去のことである「しに行った」。

B氏はバランシンだと『Noureev』から分かる

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』訳者あとがきで、新倉真由美は原本『Noureev』を『密なる時』翻訳の参考文献にしたと公言する。たとえ振付家に疎くても、その『Noureev』に出てくる振付家の名前をつぶさに見れば、イニシャルがBのロシア系アメリカ人振付家はジョージ・バランシンだと気づくはず。

ヌレエフにとってバランシンが特別な存在だったということは、『Noureev』で少し書いてある。次の記事で引用した部分が該当する。ただし、『ヌレエフ』での新倉真由美の訳文を読む限り、新倉真由美はヌレエフがバランシンに寄せる尊敬に気づいていなさそう。

テルプシコーレとの再会とは振付家の逝去

そのバランシンが楽園に行ったというのは、つまり1983年の逝去。あれほど偉大な振付家なら、舞踏を司るミューズに当然会えたに違いない、とプティが考えても不思議はない。

どうやら新倉真由美は、プティがTerpsichoreという言葉で自分を指していると考えたらしい。「私はテルプシコーレにたとえられる」と出版本で堂々と書くには、ものすごく厚い面の皮が必要だろうが。それが本当だったとしても、「楽園のテルプシコーレ」を「私の創造する芸術世界の楽園」と言い換える意義は感じられない。正直言って、前者のほうが詩的な表現であり、邦訳でもそのまま味わいたい。

2014/3/6
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