予期できたグループ公演の大当たり

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.196:
「わが友ヌレエフは連夜興行的大成功を収め、大勢の観客で埋め尽くされるという予期せぬ大当たりの余韻を引きずっていたのだと思います。
Telperion訳:
「わが友ヌレエフは実りある公演を企画し、こうして毎晩大いに望みをかなえる大当たりを叩き出したと思う。
原本『Noureev』:
il croyait que son « ami Noureev s'organisait des soirées fructueuses, faisant ainsi tinter le jackpot qui abondamment le comblait chaque soir.

パレ・デ・スポールでヌレエフが行ったグループ公演"Nureyev and Friends"についてのプティの考えとされた文。ローラン・プティ著『Temps Liés avec Noureev』を引用している。

原本『Temps Liés avec Noureev』
Je pensais donc que mon ami Noureev s'organisait des soirées fructueuses faisant ainsi tinter le jackpot qui abondamment le comblait chaque soir.
『ヌレエフとの密なる時』P.55:
だからわが友ヌレエフは、連夜興業的(原文ママ)大成功を収め、大勢の観客で埋め尽くされるという予期せぬ大当たりの余韻を引きずっていたのだと思う。

原著者メイエ=スタブレ(Meyer-Stabley)はプティの"Je pensais donc"(それゆえ私は思っていた)を"il croyait"(彼は信じていた)と書き換えたが、プティの文をほぼなぞっている。もっとも、プティはパレ・デ・スポールに限らないヌレエフのグループ公演全般を指しているように見える。しかしこの場合は、そのずれは重大な結果を生まないと思う。

「予期せぬ」を初めとする原文にない言葉

ここでヌレエフの行動として挙げられているのは2つ。

  1. s'organisait des soirées fructueuses (実りある公演を企画した)
  2. faisant ainsi tinter le jackpot (こうしてスロットマシンを鳴らした)

「スロットマシンを鳴らす」とは大当たりのたとえ。そのスロットマシン(jackpot)はこういうものだと書かれている。

qui abondamment le comblait chaque soir (毎晩彼を大いに満足させた)

新倉真由美の文は原文からかけはなれているは言わないが、原文をなぞっているとも言いがたい。

  1. 「予期せぬ」に当たる原文が見当たらない。
  2. 「余韻を引きずる」に当たる原文も見当たらない。
  3. 「彼を満足させた(le comblait)」が「大勢の観客に埋め尽くされるという」になったらしい。
  4. "s'organisait"(企画した)という言葉が示す企画者としてのヌレエフが新倉訳からは感じられない。

全体的に雑ではあっても、読者の誤解や混乱を招くほどではない。しかしこのなかで「大当たり」を修飾する「予期せぬ」は、新倉訳を読むだけでも私の違和感を呼び起こすものだった。

パレ・デ・スポールが会場なのは大当たりを想定したから

パレ・デ・スポールはかつては最大4600人の観客を収容できたという大アリーナ(公式サイトの記載より)。プティも自著で収容客数を約4000名(environ quatre mille personnes)と書いている。多くの観客が詰めかけるという自信がなければ、最初から公演場所としてパレ・デ・スポールを選ばないだろう。

実際、ヌレエフの公演が観客で埋め尽くされるのは、最晩年でない限り当然のことだった。ヌレエフの新作振付は不入りのこともあったらしいが、1974年にパレ・デ・スポールで初めて行われた「ヌレエフ・アンド・フレンズ」は、ヌレエフが古典からコンテンポラリーまでさまざまなダンスを披露するコンセプト。まだまだこの時期、ダンサー、ヌレエフの集客力は衰えていない。

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