トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了

『ヌレエフ』P.126:
当時三六歳だった彼女は確かに魅力的だった。彼女はジョルジュ・バランシンの三番目の妻で、ダンサー・エリック・ブルーン*1のパートナーで仲間でもあった。
Telperion訳:
36歳の彼女には、確かに本物の磁力のような存在感があった。しかしなかでも、彼女はかつてジョージ・バランシンの3番目の配偶者であり、またモスクワに立ち寄って*以来ルドルフを魅了したダンサー、エリック・ブルーンのパートナーであり愛人だったのだ。
原本『Noureev』:
À trente-six ans, elle possède certes une vraie présence magnétique, mais surtout elle a été la troisième épouse de George Balanchine, ainsi que la partenaire et la compagne du danseur Erik Bruhn, qui fascine Rudolf depuis son passage à Moscou* :

1961年にマリア・トールチーフが少しの間ヌレエフと恋愛関係にあったことについて。

重要なのはバランシンやブルーンとの縁

原文の"certes A, mais B"(確かにAではあるが、Bである)という構文が使われるのは、Bへの反論となるAを認めはするが、本当はBを主張したい場合。

  • Aに当たるのは、maisの前にある「トールチーフに魅力がある」
  • Bに当たるのは、maisの後にある「トールチーフはバランシンやブルーンとつながりが深い」

つまり、Meyer-Stableyが強調しているのはトールチーフの魅力でなく、トールチーフの人間関係。この説は原本では少し後で再び書かれているし(トールチーフとブルーンやバランシンのつながり)、次の伝記にもある。

  • 『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)、ペーパーバックP.186
  • 『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)、ペーパーバックP.160

新倉真由美の訳文では、トールチーフの魅力については「確かに」(certes)とある一方、人間関係については「しかしとりわけ」(mais surtout)という強調がない。このため、Meyer-Stableyが強調したいのはトールチーフ個人の魅力であり、人間関係は単にトールチーフの紹介として出したに過ぎないように見える。

トールチーフは当時独身

「彼女はジョージ・バランシンの3番目の配偶者だった」の述語"a été"の時制が直説法複合過去なのは、1961年当時より過去のことを指しているから。実際、当時すでにトールチーフとバランシンは離婚していた。新倉真由美の文だとトールチーフが不倫したとも受け取れるので、念のため書いておく。

トールチーフとブルーンはかつての恋人同士

compagneには「仲間」「愛人」両方の意味がある。トールチーフとブルーンが以前恋愛関係にあったことは、ヌレエフとブルーンが出会う場面(訳本P.127)でほのめかされているので、ここでは「愛人」として構わないと思う。

ヌレエフがかつてブルーンの舞台に魅了されたことの省略

原文にはブルーンについて、関係節"qui fascine Rudolf depuis son passage à Moscou*"(モスクワでの滞在以来、ルドルフを魅了した)という説明がある。モスクワでの滞在とは、1960年にブルーンがABTとともにモスクワで公演したことを指す(新倉本P.73-74)。新倉真由美がこの部分を省略したため、ブルーンがヌレエフに及ぼす影響の大きさも、ヌレエフがトールチーフの何に引き付けられたかも、さらに分かりにくくなった。

おまけ - この部分に付いた注は原文も訳文も問題あり

引用した部分には注が付いている。原文で注マークが「彼のモスクワ滞在」(son passage à Moscou)に付いていることからほのめかされるとおり、注の内容はブルーンのモスクワ公演に関係する。しかしこの注はいろいろと問題があり、これだけ読んでもモスクワ公演に関係する内容だと分かるのは難しい。「三日月クラシック」の記事とコメントでミナモトさんと私が何度か書いているので、単独記事は書かず、ここで簡単にまとめる。

  • ヌレエフが友人に録画してもらったモスクワ公演の映像を後で見てブルーンに熱狂したのは、さまざまな伝記に書かれている。多分Meyer-Stableyは注でこのことを書いている。
  • しかし原文には、ブルーンまたはヌレエフ(私はブルーンだと思う)を指して"l'âge de dix-neuf"(19歳)とある。1960年にはブルーンもヌレエフも19歳ではない。
  • 訳本ではfilm(映像)が「映画」と訳された。

更新履歴

2014/1/24
注の説明を加えるのを中心に大幅に書き換え
2016/5/11
諸見出しを変更
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