オ・ナン・ブルーの電車は購入した模型

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.89:
ルドルフとクララは電車を待ちながらナンブルーで二時間を過ごした。
Telperion訳:
ルドルフとクララはオ・ナン・ブルーで電動の列車を探して2時間を過ごした。
原本『Noureev』:
Rudolf et Clara passent deux heures au Nain bleu à chercher un train électrique,

ヌレエフが初めて訪れたパリで過ごしたプライベートな時間。

オ・ナン・ブルーは老舗の玩具店

"nain bleu"をyahooやgoogleで検索すると、最初の検索結果のURLアドレスはboutique.aunainbleu.com。このサイトを訪れると、おもちゃの写真が満載で、フランス語を知らなくても玩具店のサイトだと推測できそう。店名はAu Nain Bleu。ページ左上の"Paris 1836"は場所と創業年と思われるので、1961年にヌレエフたちがここで2時間を過ごすことは可能。パリ在住の読者なら、玩具店でくつろぐヌレエフたちの姿が容易に想像できるのだろう。

「オ・ナン・ブルーで」にあたるフランス語は本来なら"à Au Nain blue"なのだろう。しかしAuは"à le"の縮約形なので、"à Au Nain blue"は本来はà à le Nain blue"ということになる。これはフランス人にとって何とも気持ちの悪い形なのか、原文はàを1つ抜いた形になり、店名がauで始まると分からなくなっている。さらにbleuの先頭が小文字で、固有名詞かどうか分かりにくい。10年前なら私が"Nain bleu"の正体を突き止められたか疑問。しかし現在は、調べものが昔より格段に楽な時代になった。

「電動の」と明記したのはおもちゃの特徴だから

原文を注意深く読むと、「たかが移動手段の電車にわざわざélectriqueを付けるのはどういう意味だろうか。パリは世界に先駆けて電車が走っていたとでも強調したいのかな?」という疑問が浮かぶかも知れない。本を読み進めていき、ヌレエフが急な亡命で所持品をすべて失ったことが書かれた部分で、その疑問は解けることになる。ヌレエフがパリで初めて買ったのは、次のものなのだ。

原本『Noureev』:
un magnifique train électrique
『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.102:
素晴らしい電車の模型

ヌレエフが買えるtrain、つまり模型の電車だからこそ、電気で動くということをélectriqueで明示する必要があった。

「電車を待つ」では乗るための電車しか連想できない

chercherは「探す、求める」という意味が一般的で、仏和辞書を見ても「待つ」という意味はない。新倉真由美がそのまま「電車を探しながら」と訳していれば、2度目にこの部分を読んだときに「ああ、あの電車の模型のことか」と気づく読者もいただろう。なのに「電車を待ちながら」に変えたせいで、電車は交通手段の一つという意味しか持てなくなり、亡命で失った電車の模型とのリンクは完全に失われてしまった。

ほんとうに交通手段としての電車のことだったとしても、「電車を待ちながら」だと出発までの時間をのんびりつぶしている一方、「電車を探しながら」だとあちこちの鉄道会社に問い合わせの電話をかけまくるようなことを想像するだろう。著者の表現を尊重するなら、ここで「待ちながら」とは書けないと思う。

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