介助されるのは下りのほうが理にかなう

『ヌレエフ』P.304:
帰るときは飛行機のタラップを上るのもままならず、一歩一歩ジュードが助けねばならなかった。
Telperion訳:
帰りは飛行機のタラップを下りるのが一苦労だったので、シャルル・ジュドが一歩一歩助けなければならなかった。
原本『Noureev』:
Au retour il descend si péniblement la passerelle de l'avion que Charles Jude doit l'aider marche après marche.

病を押してカリブ海の小島サン・バルテルミー(フランス語での略称はサン・バルト)で過ごした後のヌレエフ。

動詞descendreは「下りる」。英語でdescend(下りる)の反対はascend(上がる)だが、フランス語でdescendreに似たスペルの「上がる」という動詞は使われないらしい。

「タラップを下りるのに苦労する」と「タラップを上がるのに苦労する」の差は小さなものに見える。それでも、以下の理由から、ここでは「タラップを下りる」の方が理にかなっていると思う。

  1. 難易度の差

    身体に問題のない人間にとっては、階段を上るほうが下りるよりきつい。しかし、身体の自由がきかない人間にとっては、下りるほうが上るよりもきつい。足を踏み外した時、上る途中だとつまずくくらいですんでも、下る途中だと一気に下まで転落する危険が高いことを考えれば分かる。だからタラップを上るときより、下るときの方が介助が必要。

  2. 目撃のしやすさ

    『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)には、まさしくMeyer-Stableyが書いた情景、つまりジュドに介添えされながらタラップを下りるヌレエフの写真が載っている。"Peter Nicholls/Times Newspapers Ltd."とあるので、報道写真らしい。考えてみれば、帰りにヌレエフがタラップを上がるのは、サン・バルトからパリに出発しようとしている飛行機であり、タラップを下りるのは、パリに着いた飛行機。報道陣にとっては、サン・バルトでヌレエフが出発するのを待つより、パリの空港で待ち構えるほうが楽なはず。Meyer-Stableyは調査の過程でその報道を目にしたのではないだろうか。

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