伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ご機嫌取りの応酬

『ヌレエフ』P.202:
しかし上流階級の人びとの影響で貴族化したヌレエフは、非常に便利な“貴族らしく見える”彼流の方法を的確に学び、
Meyer-Stabley原本:
Noureev courtisé par les beautiful people sait pertinemment quels sont ceux qu'il est fort utile de « courtiser » à son tour.
Telperion訳:
名士たちに追従されるヌレエフは、今度は自分が誰を「追従」すれば非常に役立つのかを的確に知っていた。

courtiserの意味

courtiserの意味は「言い寄る」「へつらう」という2つ。最初に"Noureev courtisé par les beautiful people"(名士たちによってcourtiserされるヌレエフ)とあるので、ここでは「へつらう」のほうだろう。

新倉真由美の「貴族化する」とか「貴族らしく見える」とかいう訳語は、cour(宮廷)からの連想と思われる。実際にcourtiserはcourから派生した単語らしいが、同じく派生語であるcourtisanの意味は「宮廷人」「追従者」という2つ。フランス語において宮廷人のイメージとは、下々から敬われる大貴族ではなく、お偉方に媚びを売る廷臣らしい。

ヌレエフが知っていたこと

この文の目的語、つまりヌレエフが的確に知っていた(sait pertinemment)こととは、quels以降文末まで。この長い目的語を少しずつ分解していく。

  1. "quels sont ~"は「~なのはどれ(誰)か」という疑問を表す。引用部分で「~」に当たるのは、ceuxから文末まで。
  2. ceux que ~(節)"は「~であるもの」で、節の目的語である複数のものを示す。引用部分で「~」に当たるのは、ilから文末まで。
  3. "il est fort util de ~(不定詞)"は「~するのが非常に役に立つ」。引用部分で「~」に当たるのは、"« courtiser » à son tour"。

これらを再構成した目的語の訳は、「今度は自分が『追従する』のがとても役に立つ人々は誰か」。"ceux que"が(縮約"ceux qu'"の形で)使われているのは、そのもの(この場合は人)が節の中にある動詞courtiserの目的語、つまり追従される対象だということを示すため。

「今度は自分の番」の意味

"à son tour"は英語の"in one's turn"に当たり、「今度は自分が」とか「順番に」。これが« courtiser »(「追従する」)に続いているのは、「追従されたヌレエフ」(Noureev courtisé)が今度は自分が追従する番になったということを強調するため。引用部分の後でヌレエフとジェイコブ・ロスチャイルドの交流が書かれるが、Meyer-Stableyにとってこれは、ヌレエフがご機嫌伺いの結果、美術品の鑑賞という見返りを得たという例。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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