気が変わりやすいのは運命でなく人間一般の気質

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』P.167:
人間は機械ではないのです。人生は予見できないもので運命から逃れられません。
Telperion訳:
人は機械ではありません。人は、どう言えばいいのか、予測不可能です。そして私も例外ではないということになるのです。
原本『Noureev』:
L'homme n'est pas une machine. Il est, comment dit-on, imprévisible. Et il se fait que je n'échappe pas à la règle.

態度がいい時と悪い時の落差の激しさに関するヌレエフの発言。

フランス語の解説

予測不可能なのは人間

引用した第2の原文で、imprévisible(予測できない)とされているのは主語il。ilは男性名詞を表す代名詞。その前の文を見ると、homme(人間)は男性名詞、machine(機械)は女性名詞。だから男性名詞の代名詞ilが指すのは、男性名詞であるhomme。つまり予測不可能なのは人間のこと。

「予測不可能」と口にする前にためがある

"comment dit-on"は文字通りには「人はどう言うのか」。ここではヌレエフがimprévisible(予測不可能)という言葉を選ぶまでの間を持たせるための言葉だと思う。日本語なら「えーと」「何といいましょうか」といった感じ。新倉真由美は恐らくこれを訳していない。

ヌレエフは人の通例から逃れられない

最後の原文"il se fait que je n'échappe pas à la règle."を直訳すると、「そして私は通例を免れないということになります」。

  • "il se fait que ~(節)"は「~ということになる、が起きる」
  • règleは「規則」「通例」など

『プログレッシブ仏和辞典第2版』のrègleの項には、主語がje(私)でなく"son cas"(彼または彼女の場合)だという以外、上の文そのままの用例が載っている。

Son cas n'échappe pas à la règle. 彼(女)の場合も例外ではない

ヌレエフは自分が他の人と同じだと言っている

ヌレエフの発言をこの後読み進めると、「さびしい日も楽しい日もある」とか「皆そうではありませんか?」とか言っている。全体的には、「人間なのだから、日によって気分が変わるのは当たり前」という論調なのが分かる。

新倉真由美は「人」を「人生」と言い換えたらしいのは、理解はできないものの、少なくとも認識はできる。しかし新倉真由美がどこから「運命」という言葉を連想したのかは見当も付かない。「私の身に起こることはすべて運命に従う」と信じる運命論者でも、「私の喜怒哀楽はすべて運命に従う」とはあまり言わないのではないだろうか。

主な更新

2014/2/17
発言の背景の説明を少し手直し
2017/11/23
説明しやすさのために引用の第1文を追加
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