伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

初診の翌月にHIV検査の話はまだ出ない

『ヌレエフ』P.275:
私は血液検査のため一ヵ月後にもう一度来院するように要請しました。問診を行いましたが特に変わったとは(原文ママ)ありませんでした」
翌月ルドルフは再び診療所に来て、
Meyer-Stabley原本:
J'avais demandé à Noureev de le revoir un mois plus tard pour un examen de contrôle sanguin. Je n'y ai plus pensé, et c'est lui qui m'a rappelé. Je lui ai fait faire les examens en question et il n'y avait rien de particulier. »
L'année suivante, Rudolf retourne à son cabinet.
Telperion訳:
私はヌレエフに1か月後に血液検査を検討するためにまた来るように言いました。そのことはもう考えず、彼の方が私に思い出させたのです。問題の検査をしてもらい、変わったことはありませんでした」
次の年、ルドルフは診療所をまた訪れた。

エイズの主治医ミシェル・カヌシがヌレエフの初診時を振り返って。原本にしか書いていないが、出典は1993年1月15日のLe Figaro紙に載った評論家René Sirvinによる取材。

仏文和訳

  • 原本の"Je n'y ai plus pensé, et c'est lui qui m'a rappelé"(私はそのことをもう考えませんでした、そして私に思い出させたのは彼です)が新倉本で訳されていない。再受診を指示したことをすっかり忘れていたカヌシのもとを、約束どおり1ヵ月後にヌレエフが訪れたのだろう。
  • "en question"は「問題の、話題になっている」という意味なので、"les examens en question"(問題の検査)とは初診時に話題になった血液検査。

減った診察

引用最後にある再診で、ヌレエフはHIV検査を受けることになる。原本と新倉本では、初診からHIV検査までの流れはこうなる。

Meyer-Stabley原本
  1. 初診
  2. 1か月後の再診で血液検査
  3. 翌年に再診し、HIV検査へ
新倉真由美訳
  1. 初診
  2. 1か月後の再診でHIV検査へ

新倉真由美の訳には翌年の再診の痕跡がまったくない。あるいは、「次の年」(L'année suivante)を「次の月」の誤記と考えたのかも知れない。しかし原文は整合性のある内容。つじつま合わせのために文1つをまるごと消してまで"L'année suivante"を「翌月」と解釈しなければならない理由はない。

別な伝記にある関連記述

1983年の初診時にヌレエフが血液検査を受け、その翌年にHIV検査を受けたことは、ヌレエフの別な伝記『Nureyev: His Life』(Diane Solway著、Phoenix)"からも分かる。SolwayはMeyer-Stableyが参照したのと同じFigaro紙の記事を参照しており、しかも自らもカヌシに取材している。

ペーパーバックP.468:
During Rudolf's first visit Canesi (中略) gave him a blood test. There was nothing “significant,” and a year elapsed before he saw him again.
Telperion訳:
ルドルフが最初に訪れたとき、カヌシは血液検査を行った。「特別な」ことは何もなく、カヌシがルドルフに再び会うまでに1年が過ぎた。
ペーパーバックP.469:
In November 1984, (中略) Canesi sent Rudolf to see Rozenbaum at Pitié-Salpêtrière Hospital,
Telperion訳:
1984年11月、カヌシはルドルフにサルペトリエール慈善病院のローゼンバウムの診察を受けさせ、

更新履歴

2014/1/19
主に引用の状況説明や小見出しの追加

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム