伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

まず答えてから質問?

『ヌレエフ』P.294:
脚に包帯を巻いて踊り、汗だくになって青白い顔で舞台の袖に崩れ落ち、痛めた関節を守るために温めている、そんなヌレエフを見にやって来る人たちのために。彼を奮い立たせるエネルギーはどこにあったのか?
Meyer-Stabley原本:
Pour ceux qui ont vu Noureev danser les jambes bandées, s'écroulant hors de scène, livide, en nage, ou à l'échauffement tentant de débloquer ses articulations abîmées, quel autre carburant ?
Telperion訳:
包帯を巻いた脚で踊り、舞台の外でくずおれ、蒼白になり、汗だくになり、あるいは痛めた関節を再び動かそうとして体を温めるヌレエフを見た者にとって、他にどんな燃料があるというのか。

年齢と病気が原因で踊るのが困難になった後も舞台に立ち続けるヌレエフについて、「仕事、それこそ彼が生きている唯一の理由だった」(新倉本より)に続く文。事実の記述というよりは、読者の感情を高めるための煽りだと思う。

"quel autre carburant ?"は直訳すると「他のどんな燃料?」。前の文とのつながりから、「仕事の他にどんな燃料があるのか?」を短く言っていると想像できる。この部分以降でもヌレエフの仕事への情熱を詳しく描くMeyer-Stableyが、仕事以外の理由を本気で探しているとは考えにくい。「仕事以外にどんな燃料があるというのか、あるわけがない」という反語なのだろう。

最初の前置詞pourに続くのは、ヌレエフの状態の描写を省略すると、"ceux qui ont vu Noureev"、つまり「ヌレエフを見た人たち」。pourはいろいろな意味になりうるが、ここでpour以降の句と先の反語文は一つの文になるので、「~にとって」を採用すると最も意味が通る文になると思う。「ヌレエフを見た人たちにとって、他にどんな燃料があるのか?」とは、病や肉体の衰えに苦しみながらもなお踊るヌレエフを見た人にとって、ヌレエフを突き動かす燃料が仕事だというのは一目瞭然ということ。

新倉真由美の文の不自然な点

新倉真由美がautre(他の)を抜いたせいで、「彼を奮い立たせるエネルギーはどこにあったのか?」は普通の疑問文になった。しかし「仕事こそ唯一の生きる理由」と書いたすぐ後にこう言われると、「仕事だ、観客のためだと言ったばかりなのに、なぜこれから教えるような言い方をするんだろう?さっき書いたことをもう忘れてしまったのか?」という変な気持になる。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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