伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

記者をからかうヌレエフに好意的な原著者

『ヌレエフ』P.164:
しかし記者はルドルフの花形スターぶりをクローズアップしようとするあまり、子どもじみた一面には注意を払わなかった。看板ダンサーとしての性格は確かに気まぐれであった。
Meyer-Stabley原本:
Pourtant, la presse oublie ce côté bon enfant instable pour n'épingler que le côté « diva » de Rudolf, dont le caractère est certes capricieux.
Telperion訳:
しかし、マスコミはこの気が変わりやすい好人物の面を忘れ、ルドルフの「スター」の面だけをとらえた。その性格は確かに気まぐれだった。

ヌレエフの「人に執着しないようにしているが、母には定期的に電話をかける」などという談話が紹介された後。

Meyer-Stableyが挙げるヌレエフの二面性

不安定な好人物の面
インタビュアーを煙に巻いているヌレエフを、Meyer-Stableyは「この"bon enfant instable"の面」と呼んでいる。"bon enfant"は仏和辞書のenfantの項に載っている言い回しで、「好人物、お人よし」「人が良い」という、肯定的な言葉。多少マイナスイメージがあるinstable(不安定な、気が変わりやすい)が付いているとはいえ、Meyer-Stableyはヌレエフのこのおふざけインタビューを好意的に見ていることがうかがえる。
「スター」の面
Meyer-Stableyはこの引用文の後、ヌレエフがトロントで逮捕されたとか、出席したパーティがセルフサービスだと聞いて「ヌレエフは自分にサービスしない」と怒ったとかいう、数々の事件を列挙する(訳本ではカットされたが)。こういう事件を起こすのが、Meyer-Stabley言うところの"le côté « diva » de Rudolf"(ルドルフの「スター」の面)。

「ある一面は強調され、別の一面は忘れられた」と主張するには、2つの面が違っていなければ意味がない。Meyer-Stableyにとって、インタビュアーを煙に巻く一面は、気まぐれやかんしゃく持ちの一面とは大きく異なるということが分かる。

どちらに転んでも性格が悪い新倉真由美のヌレエフ

子供じみた一面
Meyer-Stableyのいう"bon enfant instable"の面を新倉真由美はこう呼んだ。褒めるつもりで「あなたって子どもじみていますね!」と言う人はまずいないだろう。「子どもじみた」という言葉はそれだけ印象が悪い。
花形スターぶり
Meyer-Stableyのいう« diva »の面を新倉真由美はこう呼んだ。「子どもじみた」と違い、一見ほめ言葉にも見える。ところが、続いて書かれるのは「気まぐれ」、さらには「平手打ちをし、わめきちらし、のた打ち回る」ヌレエフ。どうやら「花形スターぶり」とは、気まぐれで怒りっぽいということらしい。

新倉真由美の文の不自然な点

「子どもじみた一面に注意を払わず、花形スターぶりをクローズアップ」とは、子供じみた一面と花形スターぶりが大きく違っていて初めて意味を成す。ところが、ここでの花形スターぶりは「子供じみた面」とも十分言える。同じような性格を一方では「注意を払わず」、もう一方では「クローズアップ」とはどういうこと?新倉真由美の文は、Meyer-Stableyが挙げた2つの面を同じように否定的に扱うことで、混乱状態になっている。

気まぐれなのは誰か

関係節"dont le caractère est certes capricieux"(その性格は確かに気まぐれだ)が修飾しているのは、文法的には恐らくRudolfと"le côté « diva » de Rudolf"のどちらとも可能。ただ、"le côté « diva »"という言葉それ自体に「気まぐれ、自分勝手」という意味が含まれているので、「スターの一面は確かに気紛れ」という表現には、たとえば「やり手のサラリーマンの一面は確かに有能」というような冗長さを感じる。この場合は、「ルドルフの性格は確かに気まぐれ」なのだと思う。

2014/2/11
2つの性格面の対比を強化

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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