伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

セレブな友人たちによる歓待

『ヌレエフ』P.200:
基本的に彼の好みはシンプルで、王侯貴族やジェット族たちの好意も友人や著名人たちとの関係も、あらゆる欲望や気まぐれを満たしはしなかった。
Meyer-Stabley原本:
Et même si, à la base, ses goûts sont simples, ses amis et relations célèbres n'auront de cesse de combler tous ses désirs et caprices, faisant de lui l'un des rois de la jet-set.
Telperion訳:
そして、たとえ基本的に彼の好みが簡素でも、著名な友人や知人は、彼の望みや気まぐれをすべて叶えることをやめず、彼をジェット族の王者の1人にしていた。

「満たしはしない」でなく「満たすのをやめない」

原文の"n'auront(aurontの原形はavoir) de cesse de combler"は、次の2つの言い回しを思い出させる。

  1. n'avoir de cesse avant de ~(不定詞)。意味は「~するまでやめない」
  2. cesser de ~(不定詞)。意味は「~するのをやめる」

「満たすまでやめない」と「満たすのをやめない」とどちらに近い意味か、私は決めかねている。しかしどちらにせよ、「満たさない」より「満たすために全力を尽くす」に近い意味なのは間違いない。

「関係」でなく「知人」

relationは「関係」という意味が多いが、ここでは文の主語"ses amis et relations célèbres"でami(友人)と並んでヌレエフの望みを満たす存在。だから「知人、知り合い」という意味が自然。友人というほどの付き合いではない人ということ。

王者と呼ばれているのは友人たちでなくヌレエフ

faisantから文末までの分詞構文では、"faire A de B"(BをAにする)という言い回しを使っている。

  • Aは"l'un des rois de la jet-set"(ジェット族の王の1人)
  • Bはlui(彼)

AがBより長いため、Aと"de B"の順序が逆になっている。この分詞構文「彼をジェット族の王の1人にする」の主語は、文の主語であるヌレエフの友人・知人。

ヌレエフの好みとセレブたちのもてなしは方向性が逆

「彼の好みはシンプルだ」(ses goûts sont simples)は、"même si ~"(~であるにもかかわらず)の後に続いている。つまり、Meyer-Stableyは「彼の好みはシンプルだ」を主文「著名な友人たちがヌレエフの望みを満たし続けた」と反対の内容としてとらえている。恐らくその理由は、Meyer-Stableyが「贅を尽くさなくてもヌレエフは満足するのだから、セレブたちが必死にヌレエフをもてなさなくてもよいのに」と考えているせいだろう。

2014/3/7
小見出し導入を中心に少し詳しく書き換え

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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