伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.07.30
トールチーフとブルーンがかつての恋人だという示唆
2014.07.28
トイレで流す水からうかがえる宮殿らしさ
2014.07.25
場所によって呼び名が違う最上階
2014.07.22
自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ
2014.07.20
勘に頼らざるを得ない宮殿内部

トールチーフとブルーンがかつての恋人だという示唆

『ヌレエフ』P.127-128:
彼女は周知のとおりバイ・セクシュアルなエリックがタタール人に惹かれ、彼女のロマンスが終わってしまうかもしれないと思ったが、自分が紹介したダンサーを二人とも失うとは想像していなかった。
Meyer-Stabley原本:
Même si elle sait que sa romance danoise est terminée, qu'Erik, bisexuel notoire, ne peut qu'être attiré par le Tartare, elle peine à comprendre qu'en présentant les deux danseurs l'un à l'autre elle les perd tous les deux.
Telperion訳:
自分のデンマークのロマンスに終止符が打たれたこと、周知のバイセクシャルであるエリックがタタール人に魅了される以外にないことは知っていても、2人のダンサーを互いに紹介することで2人とも失うと理解するのは、彼女には難しかった。

マリア・トールチーフの仲介でヌレエフとエリック・ブルーンが知り合い、互いに相手に夢中になったことについて。ヌレエフとブルーンが合う前、ヌレエフとトールチーフはきわめて親密な関係だった。

以前私は記事「トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了」でこう書いた。

トールチーフとブルーンが以前恋愛関係にあったことは、ヌレエフとブルーンが出会う場面でほのめかされている。

そのとき頭にあったのが、ここで取り上げる文。しかしトールチーフとブルーンの関係がほのめかされているのは、あくまで原本のこと。新倉真由美の文では違うということに今さら気づいたので、補足のために取り上げる。

根拠1. ロマンスの相手はデンマーク人

原本の記述

原本からの引用で一番注目してほしい個所は"sa romance danoise"(彼女のデンマークのロマンス)。「デンマークの」が付いているのは、相手がデンマーク人のブルーンだから。

すでにトールチーフは"la compagne du danseur Erik Bruhn"と呼ばれている。先ほど触れた記事では私はcompagneを「愛人」としたが、ラルース仏語辞典によると、男女関係でのcompagneはもっと重い意味で、妻または内縁の妻の位置を占める女性。"sa romance danoise"を読んだとき、原本の読者はすぐにブルーンのことだと悟ることができる。

新倉本の記述

しかし新倉本では、danoise(デンマークの)が訳されず、単なる「彼女のロマンス」になった。前のページで当時トールチーフとヌレエフが恋人同士だったことが書かれている一方、ブルーンはトールチーフの「仲間」。新倉本の読者が「彼女のロマンス」から思い浮かぶのはヌレエフとのロマンスしかない。

根拠2. ロマンスは過去のもの

新倉本の記述

新倉本でさらに追い打ちをかけているのが、「彼女のロマンスが」に続くのが「終わってしまうかもしれない」だということ。つまりこのロマンスは現在進行中だとされている。トールチーフの現在進行中のロマンスといえば、やはり相手はヌレエフになる。

原本の記述

原本で「終わってしまうかもしれない」に当たる述語は"est terminée"(終わった)。未来形でもなく、推測もなく、断定している。ヌレエフとのロマンスをこの時点でそう表現するとは思えない。

原本を厳密に読むと、最初にトールチーフとブルーンの関係が触れられるとき、「トールチーフはバランシンのかつての妻だった」(elle a été la troisième épouse de George Balanchine,)の後に、"ainsi que la partenaire et la compagne du danseur Erik Bruhn"(ブルーンのパートナーそして伴侶なのと同様に)と続いている。トールチーフとブルーンが親密だったのは、トールチーフがバランシンの妻だったのと同様、もはや過去のこと。「終わった」という表現に合う。

Solway本の記述

なお、Diane Solway著『Nureyev: His Life』ペーパーバックP.186-7には、トールチーフがヌレエフと出会うドーヴィルを訪れる1か月前にブルーンと破局したとある。別れ際にトールチーフがブルーンに「亡命したロシア人に会いに行くから。彼が私の新しいパートナーになるのよ!」という言葉を叩きつけたという逸話もあり、その出典はブルーンの生前に出版された伝記『Erik Bruhn: Danseur Noble』(John Gruen著)。著者John Gruenはブルーンに取材しているので、ブルーンの談話だと思われる。

トールチーフの懸念の違い

ロマンスの相手が原本ではブルーン、新倉本ではヌレエフ。このため、引用前半でトールチーフが予想したことに違いが生まれた。

Meyer-Stabley原本
トールチーフと別れて一人身になったブルーンがヌレエフに恋をする
新倉本
ブルーンがヌレエフに惹かれた結果、自分とヌレエフのロマンスが終わるかもしれない

どちらの本でも、トールチーフになかなか分からなかったのは、ヌレエフとブルーンが相思相愛になり、トールチーフが弾き出されること。

原本のほうが理解しやすいトールチーフの心境

原本の場合、「一人身になったブルーンが魅惑的なヌレエフを次の恋の相手にするとは分かっても、まさかヌレエフがブルーンに応えるとは思わなかった」という流れになり、すんなり納得できる。ヌレエフはまだ亡命したばかりで、同性愛志向は周りに知られていなかったのだから。

ところが新倉本では、予想した「ヌレエフとのロマンスが終わるかも知れない」と、想像しなかった「二人とも失う」が同じことを指すように見える。「想像したのかしなかったのか、どっちだよ」と言いたくなる。「『かも知れない』と予想はしても、予想が実現するとまでは思わなかったのかも」とか、「ヌレエフとブルーンが両思いにならなくても、トールチーフとヌレエフの仲は気まずくなるのかも」とかいう論理を考え付くことは多分できる。でも原本がそうでない以上、こういう推測は骨折り損でしかない。

トイレで流す水からうかがえる宮殿らしさ

『バッキンガム』P.52:
水を流す音が聞こえる。
Meyer-Stabley原本:
la chasse d'eau est on ne peut plus discrète.
Telperion訳:
水を流す音はこの上なく控えめである。

宮殿の化粧室について。前の段落でチャールズ皇太子などのかつての住居をデヴィッド・ヒックスが装飾したと書いてあるので、化粧室もその住居の一部かも知れない。

仏文和訳

  • 原文は"la chasse d'eau est discrète."(トイレの水流は慎み深い)にイディオム"on ne peut plus"(この上なく)が加わったもの。
  • discrèteは「慎み深い、秘密を守る」といった意味。トイレの水について述べる場合は「音が目立たない」という意味だろう。

分かってみれば単純な構文だが、私が解析できたのは1か月以上後。ひとえに"on ne peut plus"に手こずったせい。

  • 主語と述語をそなえた文のような形の"on ne peut plus"が、別の文の中に唐突に入っている。
  • 『プログレッシブ仏和辞典第2版』でonやplusを引いても、"on ne peut plus"は載っていない。動詞peutの原形pouvoir(できる)を引けば見つかるが、pouvoirを調べるという発想が浮かばなかった。

なぜ流す水に触れるのか

新倉真由美は"la chasse d'eau"(トイレの水流)以外を適当に創作したように見える。さっき書いたとおり、ここに関しては真剣に訳そうとしても苦労したため、創作したこと自体を咎める気にはならない。でも、私には新倉真由美の推測がもっともらしく見えず、Meyer-Stableyはそうは書かなかっただろうとずっと疑っていた。

観光客として宮殿を訪れた読者を案内するガイドのような言い方で、Meyer-Stableyが宮殿のあちこちを説明していることは、前に何度か書いた。そのガイドがトイレに客を連れて行って、「水を流す音が聞こえます」などと説明したら、客に「そんなものを盗み聞きさせる気か」と白い目で見られるのが落ち。Meyer-Stableyにはそれなりに常識や節度があると私は思っているので、Meyer-Stableyがそんなプライベート過ぎることに何の意味もなく注意を向けるとは信じられない。

トイレの水流には宮殿ならではの注意を引くべき特徴があると、Meyer-Stableyは見なしたのだろう。つまり水音の控えめさ。壁や扉がよほど分厚く、水音をほとんど通さないのだろうと私は想像している。

場所によって呼び名が違う最上階

『バッキンガム』P.44:
地下の二つのエレベーターを使い三番目のボタンを押す人と、四番目のボタンを押した人が、住居スペースの最上階で一緒になるのです」
Meyer-Stabley原本:
Deux membres du personnel prenant au sous-sol deux ascenseurs différents, appuyant l'un sur le bouton du troisième étage, l'autre sur celui du quatrième, se retrouvent ensemble au dernier étage, celui des domestiques.»
Telperion訳:
二人の職員が地階で2つの違うエレベーターに乗り、一人は4階のボタンを押し、一人は5階のボタンを押すと、召使いの階である最上階で合流するのです」

宮殿内部を迷わず移動することの難しさを元召使ラルフ・ホワイトが述懐する。

原本のほうがエレベーターを使うのは難しい

仏文和訳

違うエレベーターに乗った二人が押すボタンは、"le bouton du troisième étage"(4階のボタン)と"celui du quatrième"(4番目のそれ)。quatrième(4番目の)は"troisième étage"のすぐ後に来るので、"quatrième étageの省略だと推定できる。フランス語では英語と同様、階数を2階から数え始めるため、4番目のétageは日本語でいう5階になる。

新倉真由美の「三番目」と「四番目」は、étageを訳さなかった結果。

エレベーターを使う難易度がどう違うのか

ホワイトの話によると、同じ階がエレベーターによっては5階と呼ばれたり4階と呼ばれたりする。エレベーターの表示を前もって熟知していなければ、正しい行き先ボタンを押すのに苦労する。

新倉本の「三番目のボタン」と「四番目のボタン」から私が想像するエレベーターは、たとえば片方がB1、1、3階に止まり、もう片方がB1、1、2、3階に止まるというもの。場所によって止まる階が違うエレベーターは、デパートやら高層ビルやらで、多くの人にお馴染みのはず。この場合、目指す階のボタンを押しさえすれば、少なくとも正しい階には確実に行ける。

最上階は召使いの階

仏文和訳

エレベーターに乗った2人が着く最上階(dernier étage)は、"celui des domestiques"(domestiqueのそれ)と言い換えられている。

celui
代名詞「それ」。前にあるétage(階)の言い換え。
des
名詞の後に来る場合は、"de les"(~の)の縮約形。desの後には男性名詞の複数形が来る。
domestiques
domestiqueの複数形。domestiqueは「家庭の、国内の」という形容詞のこともあるが、ここでは"celui des"の後にあるので名詞。domestiqueの名詞としての意味は「召使い、使用人」。

3階は最上階ではない

新倉本や原本の宮殿見取り図に載っているのは1階から3階まで。だから宮殿が3階建てだと思いたくなる。しかし宮殿が3階建てだと、次の点がおかしい。

  1. ホワイトは4階や5階の話をしている。
  2. 3階にはかつて女王の子どもたちが住んでいた。「召使いの階」とは呼べない。
  3. 最上階は別の個所で次のように説明してある。3階の説明には似合わない。
    『バッキンガム』P.53:
    召使やメイドなど使用人たちの小部屋が数多くあり、最上階はまさに〈ウサギ小屋〉である。
    Meyer-Stabley原本:
    Le dernier étage est un vrai « clapier » : une kyrielle de petites chambres occupées par les valets de pied, les femmes de chambre et autres domestiques.

実は3階の上に屋根裏のような別の階があるのだろう。地階同様、見取り図を載せるほど重視されていないというだけで。

自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ

『密なる時』P.79:
本当のことを言えば、私は和解を願い、怪人ヌレエフが同意の兆候を見せてくれることだけを待っていたのだった。
プティ原本:
En réalité je n'attendais qu'un signe du monstre pour la réconciliation que j'espérais.
Telperion訳:
実際には私は、期待していた和解の合図を怪物が見せることだけを待っていた。

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がもとで約5年ヌレエフと絶交したプティ。プティは共通の知人が仲直りのために2人を会わせようとする試みをすべて拒絶したことを書いた直後の文。

プティが求めたのはヌレエフからの働きかけ

プティが待ったのは、和解のための怪物(ヌレエフ)の合図(un signe du monstre pour la réconciliation)。プティは確かに和解を望んだが、そのための合図をするのはヌレエフであるべきだと思っていた。

しかし新倉真由美は、ヌレエフが合図する目的を「同意」だとした。このため、まずプティがヌレエフに和解の願いを伝え、ヌレエフの同意を待つという構図になった。

プティはヌレエフからの申し出を勝ち取った

プティは序文で、2人が衝突してほとぼりが冷めた後、「それぞれが相手の歩み寄りを待っていた」と書いている。つまり、仲直りしたくても、相手が和解を望んだから承知したという体裁を取りたい。だから「ノートルダム・ド・パリ」事件の後、プティは共通の知人による和解のセッティングを拒否した。結局和解が成立するのは、ヌレエフ自らがプティに電話をかけたとき。「それぞれが相手の歩み寄りを待った」と書いたプティだが、この件ではプティはヌレエフの歩み寄りを待ち続け、ついに勝ち取った。

新倉真由美が持ち込んだ「同意」という一言のせいで、「仲直りしたければ向こうから申し出るべき」というプティの自尊心は消えた。しかも単なる「見せるのを待つ」でなく「見せてくれるのを待つ」。新倉真由美は「~してくれる」という言い方を非常に好むが、自分からは和解に向けて動かなかったプティを描写するには、あまりにも低姿勢な表現。

『密なる時』のプティがヌレエフに低姿勢な例

新倉真由美が『密なる時』で描くプティが、原本に比べてヌレエフに腰が低いと私が思うのは、ここだけではない。

プティは振付家としてヌレエフを従わせるつもり
ヌレエフに対する指示の出し方が「~できるだろうか」
ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない
ヌレエフの毒舌に動揺したと書かれたのがプティだけ
和解後のプティとヌレエフ
「彼は喧嘩をためらった」が「我々は喧嘩をためらった」に

この記事もそうだが、いずれもデリケートな違い。『密なる時』だけを読むなら、これらを一度に読んでも、訳者の偏見を疑わずに「原本とちょっと印象が違う」くらいで済んだと思う。しかし私は新倉真由美の次作『ヌレエフ』を読んだ。あの本で新倉真由美がヌレエフの傍若無人さを散々誇張する兆しは、『密なる時』ですでに生まれているような気がしてならない。

更新履歴

2016/12/9
主に見出しを変更

勘に頼らざるを得ない宮殿内部

『バッキンガム』P.43-44:
宮殿に勤めていたベテランの一人が実に便利なアドバイスをしてくれました。“宮殿は四角い建物だということを忘れてちゃいけないな。そうすりゃ元来た方向がわかるじゃないか、ねえ君。もし迷ったとしてもさ、遅かれ早かれ出発点に戻ることができるというものよ”と」
Meyer-Stabley原本:
Un des vétérans du personnel du palais, pour m'encourager, me donna un conseil pratique : "N'oublie jamais que le palais est bâti en carré, dit-il. Tu ne risques guère de te tromper. Il suffit de t'en remettre à ton flair, mon gars. Tôt ou tard, il te ramènera à ton point de départ." »
Telperion訳:
宮殿のベテラン職員の一人が私を励ますために、実用的な助言をしてくれました。『宮殿が正方形に建っているのを決して忘れるな。間違う危険はほとんどない。勘に頼るだけで十分だ、若いの。遅かれ早かれ、勘で出発点に戻る』」

元召使ラルフ・ホワイトが宮殿内部を迷わず移動することの難しさを述懐する中で、新米だったころのことを語る。

先輩職員が何を助言したか

2・3番目の文

私の訳「間違う危険はほとんどない。勘に頼るだけで十分だ、若いの」は、先輩職員が言った"Tu ne risques guère de te tromper. Il suffit de t'en remettre à ton flair, mon gars."をほとんど工夫なく日本語に移したもの。念のため、使われている単語とイディオムを列挙する。

語句意味
risquer de ~ (不定詞)~する危険がある
ne ~ guèreほとんど~ない
se tromper間違える
Il suffit de ~ (不定詞)~すれば十分である
s'en remettre à ~ (名詞)~に任せる
flair

対する新倉真由美の文は、「そうすりゃ元来た方向がわかるじゃないか、ねえ君。もし迷ったとしてもさ」らしい。しかし「元来た方向」や「もし~としても」などと言い換えられる語句は原文に見つからないし、原文にある唯一の名詞flairは訳されていない。

最後の文

先輩職員の言葉の最後の文"Tôt ou tard, il te ramènera à ton point de départ."の直訳は、「遅かれ早かれ、それはお前をお前の出発点に戻す」。文の主語il(それ)は男性名詞を表す代名詞なので、これに相当するのは前の文にある"ton flair"(お前の勘)のみ。

しかし新倉真由美は前の文から「勘」という言葉を抜いた。このため、新倉本の読者には先輩職員の言葉が「勘が出発点に戻してくれる」という意味だと分からない。論理的に元来た方向を割り出し、推理力で出発点に戻るかのよう。

勘頼みの発言を実用的と呼ぶ事情

先輩職員のアドバイスとは、「宮殿が正方形だということを頭に置きながら、とにかく勘に頼れ」。どこが実用的なのかと思う。しかも勘に頼った挙句に着くのは、行き先でなく出発点。迷宮とか高山とか、道に迷うことが死につながる場所なら、出発点に戻れることは喜ばしい。しかし勤務先で出発点に戻ってよしとするのは、ずいぶんと目標レベルが低い。

私が思うに、ここでホワイトが言いたいのは、こんな助言でも実用的と呼びたくなるほど宮殿内部は複雑怪奇だということだろう。新米だった頃のホワイトが中で道に迷って恐怖にかられ、「いや、先輩だってああ言っていた、きっと馴染みの場所に戻れる!」と本気で勇気を奮い起こすことだって、なかったとは言い切れない。Meyer-Stableyだってホワイトの発言を引用した後、慣れない宮殿の中で道に迷う人や、長年勤めても迷うのを恐れる人の例を挙げている。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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