伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.10.31
マッサージを受けるのは本番直後
2013.10.28
「失楽園」稽古再開に向けて
2013.10.25
最初のバレエ教師は民族舞踊を教えていない
2013.10.21
母国のヌレエフに同行する通訳とは
2013.10.16
賛辞の対象は映画全体でなく主演男優ヌレエフ

マッサージを受けるのは本番直後

『密なる時』P.56:
疲労困憊で劇場を後にしたヌレエフを、彼に魅せられたマッサージ師のルイジ・ピニョティが待っていた。彼は稽古着とタイツを脱がせると、すぐ肩の上にガウンを投げかけた。ヌレエフはそれを羽織りタオルで顔を拭くと、疲れ切った体をマッサージ用のテーブルの上に横たえた。
プティ原本:
Noureev sort de scène épuisé, Luigi Pignoti son masseur attitré l'attend et après l'avoir en quelques secondes dépouillé de son pourpoint et de son maillot de danseur, lui jette un peignoir sur les épaules, Noureev s'en enveloppe, s'éponge le front d'une serviette et épuisé va s'allonger sur la table de massage.
Telperion訳:
ヌレエフは疲れ果てて舞台を出る。ひいきにしているマッサージ師のルイジ・ピニョティが待っており、数秒で胴着とダンサーのレオタードをはぎ取った後、肩にガウンを投げかける。ヌレエフはそれにくるまり、額をタオルで拭い、疲れ果ててマッサージ台の上に横たわる。

ピニョティとヌレエフの関係はビジネス上のもの

attitréは「正式な資格を持つ、ひいきの」。だからピニョティを指す"son masseur attitré"は「彼のひいきのマッサージ師」。ヌレエフはピニョティを重用していたが、特に感傷的な結びつきではない。

新倉真由美は「彼のひいきのマッサージ師」を「彼に魅せられたマッサージ師」とした。恐らくattitréをattiré(引き寄せられた)と見間違えたのだろう。

マッサージをするのは劇場を出る前

ヌレエフがマッサージを受ける前に出たのは劇場でなく舞台(scène)。実際、以下の2点から、劇場より舞台のほうがもっともらしい。

  • ヌレエフがマッサージを受けに劇場を出るよりは、ピニョティに楽屋で待機させるほうが好都合
  • ピニョティのもとに来たヌレエフは"maillot de danseur"(danseurは定冠詞leが付いていないので、ヌレエフ個人を指す言葉ではない)を着ている。maillotはタイツともレオタードとも訳せるが、いずれにせよその恰好のまま劇場を後にするのは信じにくい。

ヌレエフが脱いだのは本番舞台の衣装

また、ヌレエフはピニョティにpourpointも脱がせてもらっているが、これもヌレエフが舞台から出たばかりという状況に関係すると思う。pourpointは私の『プログレッシブ仏和辞典 第2版』になかったので、ラルース仏語辞典で意味を見つけた。

pourpoint
Vêtement masculin qui couvrait le torse, en usage du XIIIe au XVIIes.
13世紀から17世紀に使われた、胴を覆う男性の服。(Telperion訳)

そういう昔風の胴着を着るのは、古典バレエの本番の衣装を着るときに思える。

新倉真由美がpourpointを「稽古着」としたのは、マイナーな言葉なので意味を見つけられなかったか、それとも調べるのが億劫だったかで、意味を自分で推測したのだろう。しかし、最初の文を「舞台を後にした」と正しく捉えていれば、「稽古着」という訳語は選ばなかったと思う。

「失楽園」稽古再開に向けて

『密なる時』P.23:
活力がみなぎってきた。そして私は、マーゴと若き怪人ヌレエフが辛抱強く私を待っていたロンドンへと向かった。
プティ原本:
je recharge mes accus à son énergie infaillible, et me revoilà parti pour Londres où Margot et le jeune monstre m'attendaient impatiemment.
Telperion訳:
彼女の絶対確実なエネルギーによって充電し、マーゴと若き怪物がじりじりしながら待つロンドンに向けて発つところまでまた来た。

「失楽園」の初稽古の後で心身の調子を崩してフランスに帰国したプティがまた稽古に戻るまで。

プティを待つ2人の様子が原本と訳本で逆

impatiemmentはpatiemment(辛抱強く)の反対語。単語の見間違いは『密なる時』では珍しい。フォンテーンの旧友であるプティを急かさず待つのも、自分の都合で稽古を中断したプティを急かすのも、両方ありえそうだが、実際は後者。

プティはジジからエネルギーをもらった

"énergie infaillible"(確実なエネルギー)についている所有代名詞sonは、文脈によって「彼の、彼女の、その」のいずれかになる。引用文の前に、妻ジジのそばでプティが元気になったことが書いてあるので、ここでのsonは「彼女の」。プティはジジのエネルギーで力を取り戻したと書いているのだが、新倉真由美の訳では活力の源がジジだということが分からないと思う。ジジのおかげで復調したことはもう書いてあるので、絶対訳す必要があるというほどでもないが、念のため。

更新履歴

2016/5/11
見出し変更

最初のバレエ教師は民族舞踊を教えていない

『ヌレエフ』P.29:
ウダリツォーヴァは彼にホパックやレジンカなどさまざまな民族舞踊の動きを練習するように言い、彼はそれらを完璧に言われるがままに踊った。
Meyer-Stabley原本:
Oudeltsova lui demande d'exécuter une gopak, une lesguinka et divers pas forkloriques qu'il connaît à la perfection. Il obéit,
Telperion訳:
ウデルツォーワは彼に、ゴパックやレスギンカ、完璧に知っているさまざまな民族舞踊のステップを実演するよう求めた。彼は従い、

11歳のヌレエフが元バレエ・ダンサーのアンナ・ウデルツォーワに才能を見出されるときのこと。この後、ウデルツォーワはヌレエフの生涯初めてのバレエ教師となる。

求めたのは練習でなく実演

ヌレエフの踊りの腕前を見るためにウデルツォーワが求めたのは、民族舞踊をexécuterすること。動詞exécuterの意味は、「実行する、実演する」などであり、「練習する」という意味はない。新倉真由美はexécuterをs'execer(練習する)と見間違えたのではないかと私は想像している。

新倉真由美の訳では、ウデルツォーワがまず民族舞踊をヌレエフに教えたように見える。しかし実際には、ウデルツォーワはヌレエフがその時慣れ親しんでいた踊りをさせたのだろう。

原著者のミス - 巻末年表でのウデルツォーワの項

もっとも、Meyer-Stableyは巻末の年表で"étudie les danses folkloriques avec Mme Oudeltsova."(訳本では「ウダリツォーヴァ夫人に民族舞踊を習う」)と書いている。新倉真由美はあるいはこの年表に引きずられたのかも知れない。以下の理由で、私は年表のほうが間違いだと思う。

  • 他の伝記を読む限り、ウデルツォーワは民族舞踊は教えていないように思える。
  • ウデルツォーワへの師事には、ヌレエフが初めてバレエを習ったという意義がある。民族舞踊は幾人もの教師からすでに習っているのだから、ウデルツォーワから習ったとしても、年表に載るべきイベントではない。

母国のヌレエフに同行する通訳とは

今回は原本の間違いと思しきことについて。

『ヌレエフ』P.281:
ボディーガードとおかしなことに通訳に伴われ、
Meyer-Stabley原本:
Accompagné d'un garde du corps et (curieusement) d'une interprète, Jeanine Ringuilt,
Telperion訳:
ボディガードと(奇妙なことに)通訳のジャニーヌ・リンギルに伴われ、

26年ぶりにソ連に入国したヌレエフがモスクワで飛行機の乗り換えを待っていたときの同行者について。ソ連生まれのヌレエフがソ連で通訳を連れている、確かにおかしなことです。私は初めて読んだとき、「ソ連生まれであっても今では外国人同然だ」というソ連当局の当てつけとして通訳が押し付けられたのかと思いました。次に訳本の間違いを疑いましたが、原本でもinterprète(通訳)という記載でした。その謎を解く鍵となったのは、原本にある通訳の名前、Jeanine Ringuiltでした。

『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)より
Janine Ringuetなる人名が載っています。1960年当時、フランスとソ連の文化交流を専門にするパリの組織で働く"assistant impresario"であり、ヌレエフの才能を見込んで1961年にヌレエフのパリ行きを実現させたそうです。1987年のヌレエフのソ連行きにも同行しました。
『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)より
このソ連行きの同行者の一人としてJeanine Ringuitという名があります。キーロフとともにパリで過ごした最初の頃に会った、ロシア語を話すimpresarioという説明です。

impresarioのしっくりくる日本語訳は分からないのですが、公演のプロデューサーらしいです。ソ連の芸術家の招待公演を手配するのを仕事にしているなら、ヌレエフと知り合いでソ連に馴染みがあり、ソ連まで同行するのもうなずけます。

Kavanagh本とSolway本で触れられる同行者と似た名前の通訳…これって、Meyer-Stableyがimpresarioとinterprète(通訳)を読み違えたんですよね?ソ連でヌレエフに通訳が付くのは意味がなさすぎるし、そんな似た名前の二人がたまたま同時にヌレエフに同行なんて、確率低すぎです。

似たような単語を読み間違えるのは、新倉真由美が何度もしていますが、Meyer-Stableyもするんですね。人名や作品名などでは時々見かけますが、普通名詞で気づいたのは今のところこれだけです。

賛辞の対象は映画全体でなく主演男優ヌレエフ

『ヌレエフ』P.240:
美しさ、ユーモアさらに節度、自由、自然がある。心地よく実に斬新な映画だ!」
Meyer-Stabley原本:
Beauté et humour, donc, mais aussi sobriété, liberté, naturel. Sympathique : autre nouveauté ! »
Telperion訳:
話を戻して美しさとユーモアもあるが、節度、自由もあり、自然だ。好感を持てる。またも斬新だ!

ジャーナリスト、シルヴィ・ド・ニュサックによる映画「ヴァレンティノ」のヌレエフ評より、記事「人物ヌレエフよりダンサー、ヌレエフを評価」の直後の部分。2つの記事の引用部分を続けて読むと分かるとおり、新倉真由美訳では美しさ、ユーモアなどは「実に賞賛すべきこの作品の中に」ある、つまりこれらの長所は映画のものとされている。原文ではこれらの長所もヌレエフのものとして語られているということに、先ほどの記事では少ししか触れなかったので、この記事でもっと説明しようと思う。

列挙した長所を持つのは

「美しさとユーモア(Beauté et humour)」の後にあるdoncは、「(結論・結果を導く)それゆえ、だから」という意味で使われることが多い。しかしそれ以外に、「(話を元に戻す)さて、ところで」という意味もある。そこでニュサックによる評の前のほうを読み返すと、実際に美しさとユーモアが話題になっている。

美しさ
後光とかヒップの筋肉とかいう言葉を使い、裸体でターバンという姿でもこっけいにならないと書いている。
ユーモア
映画のヌレエフにあるユーモアに、「ビッグニュース」「ロマンチックバレエやクラシックバレエでは滅多に使わない」と希少価値を見出している。

「話を戻して」という意味があるdoncとともに並べられた"Beauté et humour"とは、その少し前に話題になっていた俳優ヌレエフのそれだと推測してよい。だから、その次にさらに列挙される"sobriété, liberté, naturel"(節度、自由、自然な)もやはり、映画でなくヌレエフのものだろう。

新倉真由美が「この作品」と訳した代名詞leは、先ほどの記事で書いたとおり、ヌレエフを指す。ド・ニュサックは評の最初からヌレエフについて語っており、映画自体に触れている部分は見当たらない。ド・ニュサックはルモンド紙で舞踏記事を多く書いていたらしい(ルモンド紙のサイトでSylvie de Nussacを検索すると分かる)。ダンサー、ヌレエフの別な顔を見る気にはなっても、映画そのものの評論には踏み込まなくても不思議はない。

斬新なこと

この記事の引用の最後にある"autre nouveauté !"(別の斬新さ)は、コロンで区切られる前にあるsympathique(好感を持てる)について説明している。「別の斬新さ」というのは、前のほうでヌレエフのユーモアを珍しいと評したことを受けている。斬新なのはユーモアだけではなかったということ。私が前の記事を読んで思うに、ド・ニュサックにとってダンサーのヌレエフは賛嘆の対象であり、舞台の外のヌレエフはあまり好きでなく、どちらのヌレエフにも温和な好意は抱いていないのではなかろうか。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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